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【短編小説】フローライト

 互いに、唯一の友であると言い合っていた同級生が居た。
友人の名前は赤城優。大人びた見た目で、明朗快活な子だった。私は思い出す。彼女と話をした時の記憶を。そこまで時を経ていないはずなのに、遠い場所に置いてきたかのように感じるのは、感じてしまうのは、何故だろう。
時期は中学二年の、丁度文化祭が終わったころだっただろうか。
高く積み上げられた、バケツ型の筆洗。木目に絵具の色が入り込み、傷の隙間から黒くなったりして、薄汚れた机。
文化祭の準備で騒がしかった美術室が、驚くほど静まり返っていたことを、私は覚えている。
あの時部室に、喧噪をもたらす者は、いなかった。静まり返っていた。部室である美術室には、私と彼女が、二人きり。
私はいつものように、黒板の方向から見て一番前、窓際の席、長年使われて多種多様の凹凸が見られる、深い色合いの机と、同じ色の、表面の艶と端の木の剥落が目立つ、木の椅子を使って、スケッチブックに、今では落書きに近いクオリティの絵を描いていた。他人に見せるのも恥ずかしい。
彼女は椅子をわざとこちらの向きに回し、私と向かい合わせにして、前傾姿勢でこちらを見ながら座っている。
もしその美術室で、電灯が消え、窓から日光が差し込んでいたなら、さぞ絵になる空間であっただろう。遠くのアングルから撮ってみたらさらにそれらしくなるかもしれない。昼間の日光のように、燦燦と電灯はついていたし、私たちが居た美術室は北側である。印象的な画になるまでの素材は、残念ながら不足していたが。
 彼女は私の絵を見て、笑う。目を細め、歯を見せながら、さも楽しそうに。部活より人との会話を重視し、どうしても必要な時││コンクールに挑戦する時──以外は、あまり絵を描こうとしないのが彼女、赤城優であった。
私は常々、話をするのは許すから、せめて部活をしてほしい、そう思っていた。確か他にも彼女に感じたことはあったはずだが。果たして何だっただろうか。思い出せない。
彼女は、突拍子もない話をするのが好きだった。しかしながらわざと間を空けたり、順序立ててオチを強調したりする話の展開の仕方は興味をそそるものがあり、私は彼女を、嫌いな人だとか、苦手な人だ、という組み分けをすることが、どうしても出来なかった。
無論私も人間であるから、いけ好かない人、話すだけで疲れる人、というのは居る。たぶん誰だってそうだろう。認識の仕方次第では、彼女も一定の人に嫌われているだろうと思われた。
しかしながら、彼女は、一部の陰鬱な念を押し返すだけの明るいモノを持ち、それに影響されて心酔とも取れる尊敬の念を集め、支えられていた。
実際、彼女に対する後輩の信頼は厚かった。それだけ人気のある彼女のことだから、さぞかし友人も多いだろうと、私は当初、推測していた。推測していたのだが。
「あたしが唯一友達って呼べるの、君だけだよ。アケちゃん。」
彼女はある日、そう言った。アケちゃん、とは私のあだ名である。有明今日子の「明」が由来だ。彼女以外にその呼称を使う者は居なかったが。
「それはいったい何故かな。同じ部活だからか。」
「ううん、それは違う。だって、君以外に美術部の知り合いはいるし。」
「じゃあ、何だろうな。とんと分からないなあ。」
「アケちゃん、わざと言ってるでしょ。」
 彼女は笑い、頬杖をついた。「狭い。」と私が苦言を呈しても、お構いなしである。自由なのだ、彼女は。どこまでも。その自由さを、私は羨ましいと思っていた。今も、思っている。彼女は自分の意志で、自分の行きたい高校に進学した。私とは大違いである。
「で、答えは。早く言ったらどうだ。」
「もう、分かってるくせに。」
歯を思い切り見せて笑う顔に、一切の邪念は感じられない。
沈黙。後、彼女は呟く。
「共通点が、あるからだよ。ほら、いつも足元に落ちてるアレ。」
「ああ。」
 彼女は私の足元を指さす。その動作で、私は理解した。私たちは既に何回も話題に出し、拾い、互いに収集しあっていたからである。それをするのは、いつも楽しかった。
 私・有明今日子と、赤城優。二人の共通点は、互いの作品を評価したりしているときに現れた。
 それは。

 足元に、蛍石が落ちていたことである。

 ──蛍石。別名、フローライト。正八面体が代表的な形状で、黄色、緑、青など、様々なカラーバリエーションがある。
 私と彼女の足元には、それが落ちている時があった。転がったものを発見する場合もあれば、絵に近づいたり、内容について話し合ったり、そういう事をしていて、不意に。床に、硬く、小さな音が飛び込んでくる場合もあった。他の人が落とした、ということではなかった。床に蛍石が転がっていたのは、必ず二人きりの時である。
 それどころか、その蛍石は、私達以外には見えない物だったのである。
──一度だけ、母親に鞄の中身を見られた。自宅にて。私が弁当を出し忘れていた為である。確かあの時は、弁当箱を出さずにだらけていた私に痺れを切らした母が、すたすたと鞄の置いてある方へ歩いて行ったはずだ。私は茶の間でのんびりしていて、鞄もその部屋の、少し離れたところにあった。何故自分で取りに行かないのか。今考えると、怠惰である。
その中には、学校で拾った蛍石が、いくつか入っていた。私はその時に初めて、気付くことになる。
 母は鞄の中身を見て、弁当箱を取り上げた。何も言わず。不審な顔もせず。蛍石を拾い上げる動作も、それどころか、石の転がっていることに気付いた挙動すらなかった。
 私は問うた。鞄の中に、何か変わった物が入ってはいなかったか、と。
 母は言った。
「え、何。そういうのは何も、入ってなかったけど。」
 眉毛一つ、動いていなかった。変わったものは、入っていなかった。それが、母親の答えであり、私が一つの事実に辿り着くに至ったきっかけである。
 優と一緒に拾う蛍石は、他の人には見えない。
その後蛍石は、私が常に見られるよう、机上に保管していたのだが、周囲の人に何か言われることはなかった。
 二人しかに知らず、二人しかに見えない、色とりどりの蛍石。それが一体何を表していたのかを知る術は、今はもうない。何故なら。
 蛍石は既に、私の手元から消えてしまったからである。
 
 朝。昇ってきた太陽は柔らかな光を放ち、それの周囲はオレンジ色に滲んでいる。私は自室の窓から、日の照らすのを見ていた。が、翻して準備に取りかかった。そろそろ学校に行く時間だからだ。整理された机上の淡い色の八面体は、今はもうない。
 今日行われる教科は何か、スマホで確認し、手早く鞄に入れていく。
使い慣れたこれに、かつての友人、赤城優の連絡先は、入ってはいない。スマホを使い始める時期に、ズレが生じたのだ。その後、連絡先も聞きそびれ、今の状況を作り出してしまったのである。
その為、彼女は今何をしているか、私は知らない。彼女は別の高校の、美術科に進学した。その学校は確か、電車でここから行けば一時間ほどかかる。時間と費用がかさむはずだが、どうやって通っているのだろうか。それを聞く術もない。中学生時代の連絡網で電話番号を調べ、聞くこともできない。何故なら相手は携帯番号、つまり、それにかけると優本人ではなく、優の親御さんに繋がるのである。そちらに迷惑をかけるわけにはいかない。
 というわけで、現在は、優本人に直接会う事以外に、彼女と話す方法は無いのである。私も忙しい。住所は知ってはいるが、いきなり押しかけて話を聴きに行くわけにはいかない。そもそも、そんな暇もない。高校生は、まことに忙しいのだ。
ならどうするか。何処かのイベントで、会える事を願うほかないのである。
 唯一、会える可能性のある行事は──。

 部室にある、描きかけのキャンバス。乗せられた絵の具はまだ薄く、木炭で描かれた下描きが目立つ。絵の色合いは深く重い。
 一歩、後ろに下がる。そうすると、絵の全体像が見えてくる。コレが大きなキャンバスである為、こうしないと描き込み具合を確認出来ない、という理由がある。
 大きな手。深い皺はほとんどない、若者の手だ。所々に、赤や黄色を薄く塗ってある。手についた絵の具を表現する為である。絵の奥には、その手が描いた絵が見える。
 ──高校生による、絵画の祭典。県大会。そこに私は、この絵を応募する予定だ。といっても、まだまだ描き込みを進める必要はあるわけだが。流石にこのままで出すわけにはいかない。一人の美術部員としても、一人の描き手としても。
 ふと、隣を見た。中学生の頃、あの子は私のすぐ側にいた。彼女は私の絵を見て、内容について褒めたり、時には苦言を呈したりしていた。隣に居ない、という事実に、どこか物足りなさを感じる。キャンバスに目を戻す。その感情は、どこかこの絵に似ている気がした。
 会えるだろうか、果たして。そこは運に任せるしかない。いや、それとも、誰か他の、優と親しかった──彼女曰く、表向きは──という人や、彼女と同じ高校に進学した人に、今、何の部活に入っているのか聞くべきだろうか。私は悩んだ。尽くせる手を尽くすべきか、その人たちに迷惑をかけぬよう、実行を中止するべきか。
 逡巡して、後。私は決めた。
 他の人に聞くのはやめよう、と。さっき考えたものの他に、情報は必ずしも確実であるとは限らない、という理由が浮かんだ。それに、何だかストーカーまがいの事をしているようにも見える。
 私は賭けてみようと思う。彼女がこの行事に来るか、という事に。彼女は絵を描く頻度は低かったものの、高校の美術科に進学している以上、美術部で絵を描いている可能性は高い。それに加え、かつての彼女の言葉。
「私はまた、君の絵が見たい。」
 私が彼女にそう言われるだけの技術を、正直に言って今は、持ち合わせていないと思う。しかしながら。そう発言したという事は、彼女とこの行事で会う確率は、決して低いものではない。そう思うだけの理由がいくつもあるため、私はこの賭けを、勝率が低いものであるとは思わなかった。
 私は赤城優に、期待されている。そう思うだけの、理由があるから。
 ああ。私は、描かねばならない。彼女を、喜ばせることのできる絵を。もちろん、彼女好みの絵を描く、という意味ではない。もしそんな事をしたら、きっと彼女にバレてしまうだろう、すぐに。私はそれだけはやりたくない。高校に入学してからの数か月間、紆余曲折あり、描きたいと思うものは少しばかり変わった。その変化を、彼女に見てもらいたい。
 そのために、私に必要なことは二つ。
 まず、一つ目。県内の高校生の絵が集うこの行事で、入賞すること。それを果たさない限り、会場には展示されないのだ。出来ればその一つ上の段階、特賞まで行きたいものだが、果たしてどうなるか。優ならば、あるいは。
 そして、二つ目。描きたいものが伝わるよう、全力で。色を乗せ、伸ばし、ぼかして、えがくこと。
 その為に、私は今日も描くのだ。
 キャンバスを見る。少しばかり離れた所から。修正すべき部分、描き込みすべき部分を確認し、私は一歩、一歩、歩いて近づく。椅子に置いてあった筆を二本と、パレットを手に持ち、私は描き始めた。
 彼女の笑顔がふと、浮かぶ。夕日が差し込み、照らしたが、不思議ともの哀しさは感じなかった。
 感じられた、感情は。
 もし中学時代なら、ここで蛍石が落ちるはずだ。はずなのだが。一体、何が足りないのか。何が、足りないというのか。
 キャンバスに乗せられた絵の具は、照明の光を跳ね返す。その輝きは、蛍石のそれとは異なっていた。

 広いホールに、人がいる。それも多数。大抵の人は、三、四人程度で集い、よもやま話をしているようだった。それは、私の通う学校でも、例外ではない。 私は、というと、会話には混ざらずに、先程渡されたパンフレットを見ている。手頃なサイズの、四つ折りパンフレット。この中に、選考で受かった人物の名前が、学校毎にまとめられ、書き連ねてあるのだ。私が注視しているのは、自分の通う高校ではなく。県で唯一、美術科のある高校。ある名前を探す為である。顔馴染みの、描き手の名前を、私は見つけようと、集中して目線を少しずつ、下げていく。そうしているうちに、見つけた。
 赤城優の、名前を。
 思わず肩が跳ねた。刹那、大きな鼓動が一回、それを始点に、太鼓は激しく鳴らされる。意識を寄せずとも
書き連ねてある文字は皆、小さいものの、その名前は、一定の存在感を出していた。少なくとも、私の視点では。
 ──私はこの後、表彰式と講評を見て、すぐに展示室に向かった。ポスターや立体造形、そして絵画が、展示されている場所である。流石に他の展示を見ないわけにはいかない為、急ぎすぎずに見る事にした。高校生の絵を見られる、折角の機会である。おろそかにせず、見なければ。優の絵を見つけるのには苦労した。広大な上、人混みの中、歩いて探さなければならなかった為、時間もかかった。風景画、静物画、人物画。様々のキャンバスが、壁に埋まるほど掛けられている。私はその道中で、自分の絵を見つけた。絵の具に汚れた手が描いてある。特賞の人たちと比べると、あまりにチンケな物に見えてしまった。やはり、まだ足りない。自分の言いたいことを、伝えるだけの技術が。
色とりどりの絵画を歩いた先、それはあった。
 この行事では、絵の写真撮影が可能である。二人ほど、スマートフォンで写真を撮っていくのが見えた。二人が去ったタイミングで、絵の正面に立つ。全体が見えるよう、少し離れて。
 人物画だった。女子生徒の顔を、斜めから見る構図である。構図や色遣いに風変わりな雰囲気は見えないものの、顔の形の捉え方、色の塗り方は丁寧である。すぐ下にあった名前は。
 赤城優。見知った彼女の、名前だった。
 ──上手い。初めに、そう思った。技術力の差をひしひしと感じる。しかしながら、何か足りないような。私は名札を再確認した。横に、特賞の文字はない。ということは入賞か。この物足りなさは何だろう。いや、本人には申し訳ない、そう思ってはいるけれども。けれども。この、棚のスペースがすっぽり空いているような、妙な感じは一体。
「どこが、足りないと思うのだろうか。私は。」
 一人、呟く。すると。
「主題が足りないんだよね、アケちゃんのと違って。」
 真後ろから、声が聞こえた。振り向かずとも、分かる。明るく高い声、一人しか使うことのない、私の呼称。
 声の主は、大きく一歩、私の隣に立った。私は左を向いた。そこで初めて、私は彼女の顔を見た。彼女も同じタイミングでこちらを見たようで、思い切り目があった。彼女は前より数倍、大人びているように見えた。半年会っていないだけで、こんなにも人は変わるのか。私が変わっていないだけなのか。思わず嘆声が漏れそうになったが、その意味は果たして。彼女が遠く離れた所にいることに対するため声か、彼女の大人びた見た目に対する感嘆の声か。
 互いに見つけるのみで、何も話さない。その一瞬が、永遠だった。そんなふうに感じた。
 彼女は口を開く。
「アケちゃんは、どこを直すべきだと思う。この絵。」
「──そう、だな。」
 悩む。いつもなら主題を深めるべきだ、と言うだろうが、そもそもどんなテーマにしたいのか知らなければ、そのアドバイスに具体性はなくなる。私は絵のタイトルを見た。作者の、絵に対するテーマは、ここに書いてあることが多いのだ。
 女生徒。
 タイトルはそう、書いてあった。
「優は、どういう目的でこれを描いたんで。」
「えー、自分から言うより、人に考えてもらったほうが楽しいよ。だからまず、アケちゃんから先に。」
「ふーむ。」私は悩んだ。そして逡巡した。後、口を開き、考えを声に出した。あまり言いたくはないが。
「そこまで、考えてなかった、とか。」
「うん、正解。」
 彼女は自分の描いたキャンバスに向き直る。
「正解、って。それはどうなんだ、絵を描いた意味として。」
 彼女はこちらに振り向かない。
 「──アケちゃんの絵、見たよ。凄かった。」
 その言葉に、私は何故か、思わずまくし立ててしまった。
「いきなり話を変えるな。凄い、って、具体性がないじゃないか。それに、そう言われるほど、私の絵のクオリティは──。」
「アケちゃん。」
 はっきりとした声で、優は話を切った。思わず目を見開く。こちらを見て、彼女は言う。
「そんなこと、ないよ。君の絵、タイトルと絵のテーマがマッチしてた。何でアケちゃんがあの絵を描いたのか、すぐに分かった。手に付いた絵の具って、カラフルで面白いよね。自分が頑張った証明でもある。だから、『楽しさの証』ってタイトルなんでしょ。」
 図星だった。言葉が出ない。彼女の読み取りの力も、ここまで進化していたか。驚きと同時に、自分の絵の主題が伝わったことに対する熱い感情が押し寄せる。
 私は、優の顔を再び見た。顔立ちは、全くと言っていいほど変化していない。
 変化しているが、変わってはいない。
「──変わらないねえ、アケちゃんも。変に真面目なところ。」
「──そうかな。まあ、そんなものさ。人はそう、簡単には変わら
ん。」
「その口調も、変わってないね。」
 彼女はこちらを向いた。歯を見せて思い切り、笑っている。
「安心した。」
「私も安心したぞ、優の顔立ちは変化がなくて。互いに、考え方の変化はあったようだがな。」
 互いに微笑む。すると、優が目を逸らした。一体どうしたのだろうかと、首を傾げ、彼女の言葉を待っていると、
「お腹──、空いてない。」
 優はぽつり、呟いた。頬は少しばかり赤い。何故恥ずかしがる必要があるのだろうか。おかしくて、私は笑みがこぼれた。
「ああ、空いてる。弁当でも食べようか。よもやまの話でもしながら。」

 私は赤城優と話をした。入学してから、どんな事があったのか。どんな物を見て、どんな人に会って、どんな影響を受けたのか。思い出せる事をすべて思い出し、話した。弁当はすぐ、空になった。

 私と優は、一枚の絵の前に立っている。
 大きな手があった。右手である。その手には派手な色の絵の具が付着している。手の側に見えるのは、一枚の絵。
 夢中になって描いた時の手は、楽しさの証である
 そう、表現したかったのだが。
「いやあ、やっぱり平面的だなあ。もう少し描き込みをこだわりたかったんだが、いかんせん時間が無かった。」
「後悔先に立たずだよ、アケちゃん。」
「それも、そうか。」
 向かい合わせに立つ。バックには一枚の絵。このまま写真を撮ったら、いい構図の物になるのではないだろうか。なんて。
「まあ、平面的なのは確かだけどね。光と影ばっかり追いかけてるのバレバレ。もっとデッサン頑張ってね。」
「ぐっ、手厳しい──。相変わらずじゃな。」
 私は絞るように呟く。対して、優はこう返した。
「アケちゃんが言ったんでしょ。この絵は平面的だって。人はそう簡単には変わらん、って。」
「口調まで真似せんでいい。」
 私の言葉を皮切りに、私達二人は笑いだした。久しぶりに、二人でこうやって批評し、笑った。その熱が冷めやらぬうちに。
「ねえ、アケちゃん。」
 優は言った。
「どうした、いきなり。」彼女が思い出したように呟いたため、わたしは問いかけた。
「また、来年も会おうね。こうやって。」
 お互いの絵を見て、批評し合う為に。
 赤城優は、そう言った。その途端、私の脳裏に、ある二つの像が結ばれた。
 優が描いた、女子生徒の絵。そして私の描いた。手の絵。
 ──ああ。私は、やっと思い出した。私が優と批評し合っていた時の、あの感覚を。じわり熱く、焦がしていくような、あの。
 有明今日子と赤城優。その二人──私達以外に。この感情を、この感覚を、知っている者はいないだろう。そう思った。そう、思えた。
 私は言った。
「ああ。また来年、ここで会おう。」
 私の言葉の真意を理解したのだろう、優は笑った。唇を綻ばせるその顔は大人びたような、高校生のような顔をしていた。
 私はもう迷わない。思い出したから。優と話すことによって湧く、炎の熱に似たものを思い出したから。
 永遠に続くと思われた沈黙は、ある音によって打ち切られた。
 固く小さい物が落ちる音である。その音はタイルの固い床によく響く。私と優は、床を見た。
 そこには。
 蛍石が落ちていた。