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ヒナドレミのコーヒーブレイク       月との約束

 とある地方の駅から25分ほど歩いた公園の一角に、ダンボールとブルーシートでできた家のようなものがあった。そしてそこには、今年71歳を迎えた『幸吉(こうきち)』が一人で住んでいた。

 5月のある夜のこと。幸吉は公園のベンチに腰をかけて月を見上げて ボソッと呟いた。「ワシも そろそろちゃんとした家が欲しいのう。ワシの名前は幸吉だと言うのに、ちっとも幸せがやって来んのじゃ」夜空の月は 幸吉を嘲笑っているかのように、幸吉の周りを明るく照らしていた。「ほら、お月様がワシを見て笑ってるじゃないか」そして幸吉は月に誓った。「ワシは絶対にちゃんとした家に住めるように頑張るで。義務教育しか受けてないけど、ここで生活してて 色んなことに強くなったもんで、家の一軒や二軒、建ててみせますよって、まぁ見ててくださいよ」

 そして幸吉は、廃品回収の仕事を始めた。始めは、中々コツが掴めずに苦労したが、ブルーシートの先輩に教わって、何とか人並みに仕事が出来るようになった。仕事に慣れてきた幸吉は、収入をアップさせることを考え始めた。

 幸いにも幸吉は生まれながらにして手先が器用だった。そこでその器用さを生かして、あらゆるモノの修理屋を始めることにした。

 それから2年も経つと、どちらの仕事も軌道に乗り かなり忙しくなってきた。だがブルーシート生活で鍛えた身体で、何とか乗り越えた。

 次に幸吉は 材木屋と仲良くなり、彼から廃材を安価で分けてもらった。この頃から、幸吉は家を建てる土地を探し始めた。この辺りに土地勘のある幸吉は、仕事が休みの日に 廃品回収した自転車を自分でメンテナンスして、その自転車に乗って売地を探して回った。半年後、我が家の候補地を3つに絞り、そのまた半年後に ついに幸吉は決めた。この時、幸吉は75歳になっていた。

 最近の幸吉は、生きていることが楽しくて仕方がなかった。(こんなワシでも、我が家を持つことが出来そうじゃ、これもお月様のお陰だで)幸吉は月に向かって手を合わせた。来月には着工となる。せっせと溜めた廃材を使って、我が家を建てるのだ。期待感が半端ない。ブルーシート仲間のコネで、大工の友達もできた。

 簡易的な地鎮祭も済ませ、いよいよ基礎工事が始まった。幸吉自身も加わり、木材搬入も行った。工事が忙しくなってきたため 廃品回収の仕事のみに戻した。

 半年後、念願の家が完成した。家財道具を持っていない幸吉は、引っ越しもあっという間に終わった。今日から 晴れて普通の家に住める!幸吉は嬉しさのあまり、自転車のスピードをMAXにして走っていた。次の瞬間、左方向から走ってきた車を避けきれず、車にぶつかって飛ばされた。そして幸吉の意識は遠のいていった。                        完

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