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シャープ苦境の前夜、幹部は何を語っていたか

「危機直前の組織内ではどんな葛藤があるのか」という視点で、シャープ幹部・社長へのインタビューを抜粋した。どれも同社が経営難に陥いる手前の2010~11年に行われたものである。
テーマは液晶テレビの商品戦略=同社の主力事業に絞った。

(誤解を招く内容であることは承知だが、シャープや抜粋記事中の個人に対する批判の意図は一切ない。同社の経営危機は国内のものづくりに携わる人間として他人事ではなく、自戒の投稿である)

テレビ市場動向とシャープ業績

はじめに液晶テレビのトレンドをおさらいする。

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上表は、2000年以降の日本国内テレビ出荷(≒販売)実績だ。
「液晶+プラズマの台数>ブラウン管の台数」となったのは2005年なので、以下、「一般に液晶が普及したタイミングは2005年」と仮置きしたい。

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この「2005年」を意識して上表(メーカー別の世界シェア推移)を見ると、いわゆる「日本メーカーの凋落」が実はかなり早いタイミングから始まっていたことがわかる。
液晶テレビ普及タイミングの2005年から、たった5年足らずで韓国・中国陣に勢いが移っていたのだ。

こうした市場環境の変化をシャープ内部で感知していないわけがなく、業績から見ても潮目が明らかに変わった2010年前後の同社には、相当な焦りがあったはずだ。

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日経Bizgate  2016年6月8日
https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXMZO2841850022032018000000?page=2

商品企画は何をやっていたのか

そんな2010年に同社幹部への取材記事で語られている商品戦略は、かなりショッキングだ。
(「クアトロン(4原色)」はシャープが2010年に発表した製品名)

Q クアトロン技術への自信を聞かせてほしい。
 「カラーテレビは赤・緑・青の3原色で色を表現しているが、クアトロンは、黄色を加えた4色にしている。これは、テレビの歴史を塗り替えるエポックメイキングな技術だ。ブラウン管テレビが薄型テレビにシフトしたのと同じインパクトがある」

Q 一般消費者にも「4原色」という大きな技術革新は伝わるだろうか。そのよさをどのように伝えていくのか。
 「まずはテレビCMを通じて、4原色とは何か、ということを伝えていく。店頭では、画質を実際に見ていただくことに加え、4原色の仕組みを伝える販促物を用意する。また(中略)黄色をきれいに表現している映画ソフトをプレゼントするキャンペーンを展開していく」

Q クアトロンのほかに、訴求していくポイントは?
 「いや、『AQUOS クアトロン』と『AQUOS クアトロン 3D』に尽きる。そのほかのことをいうと戦略がぼやけてしまうので、これらをメインに訴求していく方針だ。(中略)ハイグレードモデルで、ひとり勝ちを狙いたい」

週刊BCN  [シャープ 液晶デジタル事業部 事業部長] 2010年7月15日
https://www.weeklybcn.com/journal/distribution/detail/20100715_54465.html

「クアトロン(4原色)」が市場にウケなかった歴史を知っている我々が、この受け答えを笑いとばすことは簡単だ。結果論として商品企画があさってを向いていたのは確かだが、技術的なストレッチで市場を切り開く姿勢をとる以上、こうした失敗はやむを得ない部分がある。

残念なのは、「ブラウン管が薄型テレビにシフトしたのと同じインパクト」と商品性を豪語する一方で、その訴求方法は「CMで4原色とは何かを説明する」「店頭パンフレットで説明する」...と、その商品性を理解してもらうために詳細な説明が必要だと幹部自身が認めてしまっている点だ。
誰もがテレビを前にして感じるほどエポックメイキング() ならば、わざわざその商品性を説明する必要があるだろうか。

...4原色技術は、要素技術としては確立していたものの、そこから製品化に至るまでが一苦労でした。しかし、絶好のタイミングで商品化できたと思います。シャープのものづくりの基本コンセプトは「半歩先」です。お客様に提案するためのシーズと技術を常に視野に収めながら、お客様の要望に対してタイミングよくお応えしていくことが大切です。1歩先を行ってしまうと早すぎて受け入れていただけませんし、遅すぎれば他社に先を越されてしまいます。

Phile web [シャープ 液晶デジタル事業部 商品企画部長] 2011年
https://www.phileweb.com/interview/vgp2011/sharp/

商品企画幹部の言葉もなかなか衝撃的である。少なくとも建前としては、「お客様の要望に応えている(『半歩先』のニーズを先取りしている)」つもりなのだ。

とどめは社長インタビューである。

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シャープ年次広報資料 [シャープ 社長] 2010年
https://corporate.jp.sharp/ir/library/annual/pdf/2010/6-11.pdf p4

クアトロンをテコに、テレビ事業の起死回生を図ったことがわかる。

このときシャープ内部では「競合製品との差別化」が叫ばれ、その大本命として「4原色技術の搭載」が選択されたと筆者は考えている。他社にない技術を使っていれば、競合製品との違いを意思決定者が納得しやすいからだ。
結果としてクアトロン頼りの商品企画・マーケティングへと舵が切られたのではないか。

教訓

① 価値の誤認
ある技術やサービスが顧客にもたらす価値は小さいにも関わらず、組織内部から見ると価値が大きく見えてしまうことがある。
硬直的なKPIで商品の評価を続けている場合、この誤認が起きやすくなると考えられる。シャープの液晶テレビの事例でいえば、4原色がもたらす価値は「画面の明るさ」だと頻繁に言及されている。これは同社開発/企画部門の商品評価軸のひとつが「画面の明るさ」だったことを示唆していて、その尺度で比べればクアトロンは首位なのだろうが、大半の顧客にとって明るさは二の次の基準かもしれない。
また価値の誤認の本当に恐ろしい点は、広告宣伝の方向性がお粗末になることである。社内で信じられている商品の魅力が顧客に伝わらない場合、広告メッセージは経営陣を説得するのと同様、より説明的に、より鬱陶しいものになっていく。

② 差別化の罠
「競合にはない」という理由だけで、組織内部での評価が高くなってしまうことがある。
意思決定者は「なぜその商品が買われるか」がわからないうちはとことん懐疑的だが、いったん提案者が差別化要因を明確化すれば納得せざるを得ず、いちど決定された承認や判断基準をあとから変えることは難しくなる。

③ 焦りによる判断の歪み
至極当然の話だが、販売実績も財務実績も落ち込んでいる企業は迅速に業績回復し株主の信頼を取り戻すことが求められる。野球で言えば、失点を抑えつつホームランを量産して得点差を縮めなければならないような局面だ。
そうした危機的状況では先に挙げた認知バイアスがかかりやすくなり、結果として誤った判断をしてしまいやすくなると考えられる。



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