ある少年の寂寞

 そうだね、この文章はあまりにも時間を持て余しすぎて天井の染みを数えるくらいしかやることがない人に読んでほしいと思う。
 
 この物語は実際に起こった出来事をもとにしている、そう書かれたフィクションには、とてもよくありそうで、しかし考えてみるとありえないような物語が綴られていた。それはこんな話だ。
 あるS町の少年は、街を駆け回り、桜餅を探していた。今日は絶好の花見日和、先輩たちにお使いを頼まれた。少年は3千円をポケットに近所のお菓子屋さんを回った。当然というべきか、洋菓子店には置いてなかったので、彼は少し遠くの和菓子店に向かわなくてはならない。
 日は高く、速足の彼は少し汗ばむみ、ポケットからハンカチを取り出して汗を拭った。2時には公園に帰らなければいけない、そう思いつつアスファルトを蹴った。川が交わる交差点には時計屋がある、彼にとっては馴染みがない店だが、幼いころからそこにあることだけは知っていた。中を覗くと、老いた店主が若いサラリーマン風の男と会話をしている。赤信号を待ち、呼吸を整えながら聞き耳を立てた。
「いい時計はありませんか?」
「そうですね、これなんかいかがでしょう。N社のXX年製でして、あまり手に入らないものかと」
男は急くよう言った。
「いくらでしょう?」
「そうですね、200万くらいです」
分かりました、そういうと彼は鞄から封筒を取り出した。
鳥の声が鳴る、信号が変わった合図だ。彼はその奇妙ともいえるような出来事に関心を覚えたが、それよりも買い出しを優先するくらいには真面目な人物だ。
 数分歩いただろうか、彼はやっとのことで和菓子屋の前についた。立て看板には、桜餅、うぐいす饅頭、わらび餅など様々なお菓子の名前が挙がっているが、お目当てのものを見つけた彼は、少し喜んだ。彼は店に入り、上首尾に数個の桜餅を手に入れることに成功した。二千円程度を支払い店を出る、入れ違いになったのは、さっきのサラリーマンだった。
 腕には奇麗に磨き上げられた銀色の時計が巻かれている。
「どのお菓子がおすすめですか?」
「はあ、このわらび餅ですかね」
アルバイトらしき店員は少し戸惑ったように答える。
「三十個ください、いくらになりますか?」
「九千円になります」
普通の買い物客だとわかり、笑顔を浮かべて商品を袋に詰める。
少年は、奇遇なこともあったもんだと思いながら、来た道を戻る。
 公園では先輩たちがシートを広げ、閑談に花を咲かせている。その中でもリーダー格の男が少年に声をかける。
「おう、買ってきてくれたか」
少年は少し上ずりながらはいと答えた。
紙袋を渡して、どこかに居場所はないかとあたりを探る。
ふと、隣で大きな宴会をしているのが目に付く。
 はげたスーツの男が何やらまくし立てているようで、まわりの大人たちはその独演説に耳を傾けている。
そこに、さっきの腕時計をして、大きな紙袋を携えた男が現れた。その男は跪いて禿頭の男に袋を渡す。それから何かを言われたようだったが、それは聞こえなかった。少年は自分達のシートを眺めた、それから思い立ったように走り出した。
彼を引き留めるものはだれもいなかった。
 後年、その少年は作家としてそれなりの地位についた。執筆の傍らウェブデザインの自営業も行っていた。それは決して自由な生活ではなかった。編集者やクライアントからの評価に日々気を揉んでいるし、収入も不安定な割に多くもない。
 ある日彼はネットメディアの取材を受けることになった。
そこで彼自身の生い立ちや、なぜ作家を志したかを語った。そして、最後にこう付け加えることを忘れなかった。
「僕の人生はフィクションです」


 

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