さらよなら、青春の光
『青春』…夢や希望に満ち活力のみなぎる若い時代を、人生の春にたとえたもの。
「なぁ、今日も午後から『青春の光』が降るらしいよ。しかも80パー」
「え?マジ?今日天気予報見てなかったわ。俺、今日傘持ってきてねーし、どうしよう」
「でーじょぶだって。学校に貸し出し用の傘あったじゃん。あれ使えば」
「でもよ、あの傘ダセーから嫌なんだよな」
「ンな事言ってる場合じゃねーべ。『青春の光』浴びたら即施設送り決定じゃん?」
「だよな。背に腹は代えられないよな」
「にしても、不思議だよな。何で夏場になると『青春の光』が降るんだろうな」
「確かにな」
「え?何の話してんの?」
「おう。いやこいつがさ、天気予報見忘れて、傘忘れたらしいんだわ」
「え?それヤバくね?…あ、でも貸し出し用の傘あるから大丈夫か」
「まぁな」
『青春の光』を浴びてはいけない。これはもはや常識中の常識。特に中学生から大学生ぐらいまではこの光の影響をモロに受けるらしいので危険だ。小学生や大人、果てはお年寄りでも光を浴びてしまい発症する事がちょくちょく起こる。幼少期に浴びて、大人になってから発症してしまうパターンもあるようで、その度に注意喚起も含めてニュースになる。傘は必須だ。万が一、光を浴びて発症してしまうと即施設送りとなる。その後、奇跡的に回復して元の生活に戻れる、何て話も聞いた事もない。だからと云って、それで死亡した何て事も聞かなかった。兎に角、今はっきりと云える事は、危険な光である事に変わりはなく、浴びれば施設送りとなり、二度と日常生活に戻る事はない、この人生における死を意味しているという事だけだ。
「お、あれ見ろよ。あそこの雲の切れ間。『青春の光』だ」
「やべー。マジじゃん」
教室の窓から外を見ると、確かに雲の隙間から一筋の光が地面へと降り注いでいる。あれが『青春の光』。俺たちが、そして全世界の若者たちが恐れるべき光だ。
俺が中学生の時に一度だけ目の前で『青春の光』を浴びたヤツを見たことがある。放課後の帰り道にたまたま一緒になったヤツ。同じクラスで席が隣同士だった。互いにあまり干渉しないタイプだったから、挨拶ぐらいの間柄だった。名前すらはっきりとは思い出せない。その日の帰り道も、一緒に同じ方向へ歩くというだけで、会話という会話は殆どしなかった。ただ最後にこんな会話をした事だけは覚えている。
「ねぇ、『青春の光』を浴びるとどうなっちゃうんだろうね」
「さぁ?わかんね」
「私、見た事あるんだ。『青春の光』を浴びた人。目の前で」
「え?マジ?逆にどうなったんだよ」
「わかんない。直ぐに政府の救急車が来てその人連れて行ったから。でも私見たんだ。浴びた瞬間、その人はキラキラ笑っていた」
「何それ。意味わかんねー」
その瞬間。彼女に向って天から猛烈な光が射した。二人とも傘をさしていたから守れたけれど、彼女はあろうことか、その傘を捨ててモロに光を浴びたのだ。
「おい!バカ!何やってんだ!!!」
彼女は光に包まれた。別段、苦しそうな様子もなくただそこに立っている。むしろ気持ちよさそうにさえ見えた。何処からともなく救急車のサイレン音が聞こえた。誰もまだ連絡していないのに。後になって分かった話だが、政府が常に衛星を使って『青春の光』の監視をしていて、光が射したらいつでも出動できるように準備しているらしかった。
彼女は救急隊員に半ば拘束されるような形で救急車へ乗った。彼女はキラキラと笑っていた。そして、顔に黒頭巾をはめられる直前に俺へ向かって何かを云った…ような気がした。口の動きから察するに二文字だったと思う。
「お前、結婚相手決まってる?」
「いいや、俺はまだ来てないから、決まってないんじゃね?」
「実はこの前、決まったんだよね。政府から青紙(あおがみ)が届いたんよ」
「へぇ~…じゃあ高校卒業したら即結婚か」
「まぁな。思ったより早かったけど、お国の決める事だからしゃーないか」
「それにしても、今日の天気はやべーな。さっきから至る所で『青春の光』降ってるし」
「まぁでもこの帰り道は大丈夫だろ。今まで降った事ない道らしいし、何より俺らは傘さしてるしな」
「んだな」
「…あれ?向こうに女の人立ってるけど、傘さしてないしヤバくない?」
「確かに。あのー、すみませーん。傘持ってますかー。予報出てるんで危ないですよー!あのー…」
俺が急いで近づいていくと、彼女だった。あの日、光を浴びて施設へ運ばれたはずの彼女。3年ぶりくらいに会う彼女は少し大人びた様子だった。聞きたい事が沢山あったはずなのに、何も言葉が出てこない。そうこうしているうちにパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
「おい、何やってんだよ!明らかにそいつ追われてるっぽいぞ、ヤベーから、早くそいつから離れろよ!」
唐突に『青春の光』が俺と彼女に降り注いだ。光を浴びながら彼女は俺に手を差し伸べる。俺は持っていた傘を捨てて彼女の手を握った。
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