【おはなし】 色ハス   (1257字)

そうだ、“牛田”だ。

動物園のカメレオンの顔がどうにも引っかかっていて、
ピンと来たのは、こともあろうに忘れもしないはずの大学時代の親友の顔だった。

会わなくなって5年ほど経ったか。


大学の入学式の日、午後の説明会が隣の席だったことから牛田とは仲良くなった。
お互いに大学入学して最初の友達だった。

同じ学部でほとんど授業も一緒。
大学進学をきっかけに上京してきた僕には東京というものにまだ恐怖を感じていて、かつ先天的人見知りを併発していたため、友達らしい友達というのは牛田しかいなかった。

一方、牛田も割と明るいタイプではなかったが、基礎的な社交性は備えており、そして頭も良いため、僕よりは友達ができた。全然できた。

牛田は、とにかく面白い奴だった。

話がうまく、頭の回転が速いため理解力があり、気配りができる。
先輩後輩同期、色々な人から好かれていた。
まるで真逆の僕には、牛田が友達であることが誇らしく、同時にモヤモヤした。

しかし、モヤモヤを取ってくれるのも、牛田だ。

牛田には僕の前でしか見せない顔がある。
奴は僕の前でだけバカみたいにふざけるのである。

噴出花火を鼻に刺したり、変な踊りを踊ったり。
僕はその度に腹をよじらせ、一緒に踊るのだった。

あの瞬間こそ、あの時僕が最も大事にしていた瞬間だったように感じる。


社交性のない僕にも、牛田のお陰で友達の輪はどんどん広がっていった。
その内、牛田がいない違うメンバーで遊んだりもするようになっていた。

だからといって、牛田と変な踊りをしないことはなかった。


卒業してからの2年ほどは、ちょくちょく会っていた。

お互いのやりたいことを追う中で、励まし合い、愚痴を言いあい、
あの頃を懐かしみ、やはり変な踊りもした。
しかし、踊る数は減っていた。

仕事が忙しくなり、気付けば5年ほど連絡を取っていない。

最初の頃は連絡してみようと思うことはあっても、なんだか振り返ることに時間をかけてはいけない気がして、僕はとにかく前を向くことに集中した。

次第に牛田の影は薄くなり、いつの間にか見えなくなっていた。


「お前は今、何をしているんだ?」
どこを見ているのかもわからない目の前のカメレオンに話しかける。
平日の動物園にはほとんど人はいなく、ましてやカメレオンコーナーは今ではまるで人気が無かった。人気があった頃の名残だけが微かに匂うばかり。

もちろん緑色の牛田は答えはしない。

連絡先は変わっていないだろう。
連絡方法はあるが、なぜか一歩踏み出せない。
この空白の期間がそうさせるのだろうか。

突如、さっきまでおとなしくしていた緑牛田が手を広げクネクネと体を動かし始めた。その姿はまるで、やっすいボロアパートの僕の部屋で授業終わりに踊る牛田だった。

僕は思わず踊っていた。

清掃員のような人が通り過ぎた気がしたが、構わず踊った。


確かに僕の歴史にはあの瞬間が刻まれていて、どうしようもないあの瞬間が確かに今の僕を作っている。

今の僕にとっても、あの時間は確かに光っていた。


その後、警備の人がくるまで僕らは踊り続けた。


おしまい 【 色ハス 】


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