日曜日の匂い 【1000文字小説 #010】
「あなたが好きです」
僕は、ミュンヘン大橋の下の豊平川河川敷に置いてある正方形のベンチに、彼女と二人、腰をかけて、胸の内を告白した。ジョージ・オーウェル風に言ったの、気がついてくれたかな。
「ありがと」
彼女は、まいったなこりゃ、と言えなくもない態度で生返事をした。長い沈黙の後、聞かれた。
「ちなみにどこが?」
(おっ、これは進研ゼミで出たやつだ)とばかりにいろめきたった。想定していた質問だった。
「笑いのツボが似てるところ」
「似てるかな?」
強い。否定が強い。
カラオケの選曲で、たまにパーカッションの音色か、音量かに失敗してる残念な曲があって、笑いを堪えているだろ? 僕だってそう。そういうところ、僕たちよく似てると思うんだ。
「笑いのツボが似てる」という、男女が相性を品定めするときの拠り所がぐらついて不安になった。大丈夫。あと一つ、とっておきのやつが控えているんだ。
「一緒にいると、落ち着く」
彼女は、僕を遠い人であるかのようにそっと流し見た。なんだ? この最大限の賛辞に文句でもあんのか。
「君といると、気持ちがほぐれて、頭が空っぽになる。なんか、いいことありそうって言う気持ちに、自然とさせてもらえるんだ。今日何しよう、みたいな、予定がない天気のいい日みたいな」
「日曜日みたいな」
彼女はしかし、水曜日みたいな気力のなさで言った。
「そう!」
「……それはね、たぶん、私のこれだわ」
彼女は左手首を差し出して、嗅いでみろという。
嗅いだ。とたんに、日曜日の妙に柔らかくしっとり感じる布団とか、焼いたパンとか、日曜日の本屋とか、日曜日に遠出する電車に差し込む光……だとかの、眩しい、かけがえのない光景が次々とフラッシュバックした。
「なななんだこれは」
「“日曜日の匂い”って香水。これつけるようになってから、あーたと同じような理由で、告られるのが増えた。4人目よ」
「そんな……。昔のフェロモン香水か」
「もう一度持ち帰って、ご検討ください」
僕は途方に暮れて、買ってきたのに手をつけてもらえない、ミスドの紙袋をカサカサと開いた。
「食べないの?」僕は、キャラクターコラボの楽しげなドーナッツを、どこからかぶりつこうかにらめっこした。彼女は、昔からあるのに僕は一度も食べたことがない、ベーシックなチョコレートドーナツだ。
「ここさ」
彼女は正方形のベンチの、風化したふちを撫でた。
「たまに、おっさんが裸で寝っ転がって、日光浴してるよね」
「そうだね。あっち行こうか」
僕はコンクリで階段状になった土手を指した。
「あっちにしない?」
彼女はもっと川の近くに行きたいのだった。
今日のこの全部の楽しさは、日曜日のせいなんだろうか。
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