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眠れない夜の癒し系恋愛小説「温水プール」蒼井氷見 #超短編

仕事が終わると、最近はいつも此処へ来る。消毒された温水の匂いと、独特の熱を帯びた湿度と。いつものシンプルな黒の水着を選び、水泳キャップとゴーグルを嵌める。

泳ぎながら、色々なことを考える。つまらない会社のこと、うまくいかない恋のこと、美人の友達に嫉妬したこと。そして何度もターンを繰り返す。

ここに来てから1キロ、泳げるようになった。学生の頃は、25メートルがやっとだったのに。

-200メートル泳げるようになったら、泳ぎを教えてやるよ。

そう豪語した元インストラクターの彼とは、もう2ヶ月連絡を取っていない。

けれど、それでもいいような気がしてくる。
クロールで1キロ、泳げるようになったから。

明日は、映画を観に行く。
彼がいない週末でも、けっこう予定は埋まっていく。

すべてを水に流してふたたび、白いワイシャツに袖を通す。腕時計を左手に着け、髪を乾かす。

炭酸水をひと口含み、鏡を見る。

ー大丈夫。

私はそんなに、弱くない。(了)

(蒼井氷見「温水プール」2006年)

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