シェア
himi
2024年9月6日 23:04
「それでは、商品が届き次第、ご連絡いたしますので」大きな唇をした店員が、あかるい声で葉月に伝票を手渡した。買ってしまった。入荷待ちの、憧れの旅行鞄。店を出て、ライトアップされたショーウィンドウを振り返り、溜息をつく。仕事のストレス発散という大義名分のもとに、今まで幾らの散財をしてきただろう。あの有名デザイナーは、自分のような日本人の小娘が、こんな諦め半分の気持ちで鞄を手にすることを、果
2024年8月31日 16:17
新婚旅行で訪れたハワイ島の「黒い砂」という名の海辺で、大きなウミガメを観た。私たちはずっと、手を繋いでいた。喧嘩した日曜の夜にヴェランダから見る空の闇は、あの黒い砂浜を思い出させた。人はなぜ、旅に出るのだろう。恋人たちはなぜ、口論を繰り返すのだろう。私たちはなぜ、出逢ったのだろう。残業続きでボロボロになった顔で初めて言葉を交わした日。緊張していたイタリアンレストランのディナー。
2024年9月4日 19:43
信号が青に変わる。歩き出す。銀座四丁目の交差点を、和光から三越側へ。私は迷わず、松屋の地下へと向かう。赤坂トップスのチョコレートケーキひと箱を買って、本当にそれだけを買って、銀座をあとにする。信号待ちをしているとき、-クリスマス一週間前の週末、つまり今日みたいな日は、ディズニーランドが空いているらしいよ。という会話を、誰かがしていた。今日は私にとって、ひと足早いクリスマス。
2024年8月31日 04:39
うまくいかないたくさんのこと。がんばっているつもり、疲れているふり。笑顔のない一日、ついそっけなく返してしまったあの人への返事。すべてを洗い流すように。霧のシャワーを浴びよう。髪を濡らし目を閉じて、落ち込んだ気分を、マイナスイオンで洗い流そう。なくならないコンプレックス、しょんぼりやの自分。ゼロになんてならなくていい。浴室から出たら、前を向こう。ごわごわした新しいタオルで
2024年8月31日 15:23
あの人のことを忘れることができるのなら、どこへでも行こうと思う。辿り着いた坂道。焼け付くアスファルトの緩い曲線。降り始めた雨。車窓を開ける。運転席側も助手席側も、後部座席も、右も左も、すべて。車は、雨の小淵沢を走る。もう濡れてしまったって構わない。メイベリンのダイヤルマスカラはとっくに剥がれてしまった。-わかっている。走れば走るほど、あの人の棲む、街からの距離が遠のけば遠のく
2024年8月31日 04:01
仕事が終わると、最近はいつも此処へ来る。消毒された温水の匂いと、独特の熱を帯びた湿度と。いつものシンプルな黒の水着を選び、水泳キャップとゴーグルを嵌める。泳ぎながら、色々なことを考える。つまらない会社のこと、うまくいかない恋のこと、美人の友達に嫉妬したこと。そして何度もターンを繰り返す。ここに来てから1キロ、泳げるようになった。学生の頃は、25メートルがやっとだったのに。-200メート