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幽霊作家㉕

「オレなんて、今日も大きな商談をまとめて、社会に貢献してきたってのに、最近の若者ときたら。

 こうなったら、オレが説教してやらんとな。どうせ、社会に出るのが怖いとか、自分にはもっと能力があるんだとか言ってるんだろう?

 で、社会が悪い、政治が悪いって人のせいにして、若い奴は皆そう。

 オレ達だって、社会の荒波の揉まれて来たんだから、君達も文句言わずに揉まれなきゃ。

 じゃないと、オレみたいな立派な大人になれないよ」

 一気にしゃべったせいか、男性が一度話を区切って、大きく呼吸をする。

 話している間、男性を刺激しないように、相槌を打って殊勝な態度を心がけた。

「まあ、君みたいな人を、受け入れてくれる会社はないだろうけどね。

 君に限らず、若い子ってのはどうもやる気を感じられない。言われた事しかしないし、すぐにわからないと言うし、何かと休もうとするし。

 オレにしてみれば、新卒なんて入れるだけ無駄。若者がやった仕事なんて、申し訳なくて勧められないし、こっちから願い下げだね」

 いつの間にか立ち上がり、こちらに近づいて来ようとしていた男性の隣を、マスターがスッと通り抜けてテーブルに向かった。

 椅子に取り残されていた、若い部下が、居心地悪そうにキョロキョロしている。

 マスターは、丁寧にカップをテーブルに乗せてから、営業スマイルで話し出した。

「願い下げされるような、若者の作ったコーヒーです。お口に合わないかもしれませんが、お召し上がりください」

 マスターの声に壮年の男性は冷静さを取り戻したのか、一度咳払いをする。

 自分以外若者しかいない状況を把握して、助け舟を求めるように部下を見るが、当の部下も若者の一人。

 何も言えない部下を前に、とうとうどうする事も出来なかったのか、壮年の男性は「こんな所二度と来るか」と逆切れして、喫茶店を飛び出していった。

 取り残された部下はまだ熱いだろうコーヒーを一気に飲み干し、申し訳なさそうに伝票を持って、レジへと向かう。

 淡々と会計を済ませるマスターに、部下の人が「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

 マスターは人懐っこい笑みを見せて、「こちらは気にしていませんので、今度は是非おひとりでお越しください」と御釣りとレシートを渡す。

 最後に僕にも頭を下げた彼が扉から出ていくのを見送ったところで、喫茶店に安堵が満ちた。

「今宮さんは大丈夫だった?」

「初めはショックみたいだったけど、今は怒ってる」

「まあ、落ち込んでいないなら、良いのかな」

「今日は萩原がいて助かったよ。正直俺はテンパってたからな。それから、腹立った。

 下手したら、掴みかかっていたかもしれん」

 マスターの声はまだ怒っているようで、僕がいなかったらきっと掴みかかっていたんだと思う。

「暴力は駄目だけど、従業員を守るっていう意味では、やっちゃっても良かったかもね。

 こればかりは、どうするのが正しかったのかって言うのは、一概には言えないし」

「対処方法を、香穂ちゃんと考えないとな。って事で、香穂ちゃん。もうそろそろ大丈夫?」

 裏に向かって大きな声を出すマスターに答えるように、今宮さんが姿を見せた。

 マスターの言っていた通り、落ち込んでいる様子はなく、今は憧れの眼差しをマスターに向けている。

「マスター、さっきはありがとうございました」

「店長としては、従業員を守らないといけないからね」

「でも、ありがとうございます」

 マスターにひとしきりお礼を言った今宮さんが、今度は僕の方を向いた。

「萩原さんも、ありがとうございました。でいいんでしょうか?」

「僕は偶々居ただけだからね。何にもいらないけど、何かあった時にマスターの事よろしくね」

「はい」

 今宮さんから良い返事を聞けたところで、椅子から立ち上がり、ゆめさんの分のコーヒーを一気に飲み干す。

「帰るのか」

「やっぱり二杯目は味わえなかったよ。悪いね」

「今日は仕方ないさ。次来た時には、ちゃんと味わえよ」

「はいはい」

 コーヒー二杯分の会計を終えて、喫茶店を後にする。

 まだ明るい空の下、道を歩きながら、現在進行中の問題に目を向けた。

「何でゆめさんが怒っているの?」

「萩原さんが怒らないからです。なんで怒らないんですか」

「それは、僕の代わりに怒っているの? それとも、僕が怒らない事に怒っているの?」

「どっちもです。萩原さんの事情も知らないからって、好き勝手言われたんですよ?」

 僕以上に怒っているゆめさんが、何だか可笑しい。

 このまま有耶無耶にしてしまってもいいのだけれど、良いタイミングかなと思い「場所を変えて良い?」とゆめさんに問いかけた。


#小説 #創作 #1話目 #オリジナル #ミステリ風

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