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幽霊作家㉛

 買い物から二日後、予定通りプリンターが届いたので印刷を開始したのだけれど、想像以上に時間がかかる。

 ゆめさんの家にあった業務用のプリンターが恋しくなるが、もうあの家には入れないだろう。

「藤野御影に会うって言っていましたけど、実際にどうするか決めましたか?」

「どうしようかなぁ……」

「ノープランなんですね」

「呼び出すのは簡単だと思うんだけど、そこからどうやって、僕がゆめさんの使いだって認識してもらうかが、問題なんだよね」

 あきれるゆめさん相手に、下手に取り繕っても仕方がないので、弱音を吐く。

 ピーッと隣でコピー機がコピー用紙を要求するので、新しい用紙をセットする。

「彼女に信じてもらえるか否かは置いておいて、対外的な私達の関係を明確にしていた方が良いかもしれませんね」

「友達、ってことで良いんだよね。幸い年も近いし」

「いつから友達なのか、どうやって友達になったのか、どれほど仲の良い友達だったのか。まあ、こんなところくらいは決めておいた方が良いでしょう」

 以前から考えていたのか、今考えたのかはわからないけれど、ゆめさんは良く頭が回る。そして用心深い。相手にするのがゆめさんではなくて、良かったと本当に思う。

「昔からの友達にはなれないよね」

「学生時代の友人だと、アルバム等からばれるので止めておいた方が良いです。

 たまたま、私達が同じ学校に通っていたら、違ったかもしれませんが、違う事だけは萩原さんの小説を書くために話を聞いて、確認済みですし」

「そもそも、どこかのコミュニティ経由だと、ボロが出来ないよね」

「だとしたら、一つしかないですね」

「ネットの友達、かな?」

 頷くゆめさんを見て、便利な世の中になったものだと、感心する。

 一昔前なら繋がりようのない人とでも、インターネットでなら繋がることが出来るし、珍しい話でもない。

「どこかのサイトで知り合い、意気投合して、個人的に連絡を取り合うようにもなり、実際に顔も合わせるに至ったと言う流れになるかと思いますが、入り口が問題ですね。

 萩原さん、何かいいきっかけを作ってください」

「作ってくださいと言われても、すぐには思いつかないよ」

「こういった事をバシバシ思いつけたら、小説書けるでしょうね」

 だとしたら、ゆめさんは本職ではないだろうか。ここまでほとんどゆめさんが考えてくれているから、たまにはこちらからも意見を出せと言う事だろうが。

「仕事を辞めて途方に暮れていた僕が、戯れにネットの相談サイトに投稿して、小説のネタを探していたゆめさんが、戯れに相談に乗るようになったとか?

 流石に強引過ぎるよね」

「それで行きましょうか」

 自分で話していても滑稽で、別の案を考えようとしたのだけれど、以外にもゆめさんがGOサインを出した。

 驚いて尋ね返した僕に、ゆめさんが「萩原さんが言った事じゃないですか」と笑ってから説明を始める。

「そもそも無理がある繋がりなんですから、多少強引くらいで良いんですよ。

 大事なのは、堂々とした態度です。現実だってどうしてそうなったのか、当事者にも分からない事が沢山あります。

 幽霊になった私が、人生捨てている人を探していたら、たまたま萩原さんに引き寄せられた。と、どちらが現実的か、比べるまでも無いと思いますが」

 言い返す言葉も無いけれど、現実に起きた方が現実的じゃないと言うのも、おかしな話だ。

「でも、そんな適当なつながりだと、ゆめさんがゴーストライターやっていたなんて、知ることが出来ないと思うんだけど」

「むしろ赤の他人の方が、冗談交じりに話せると思いますよ。

 もう会う事はないと思っていたら、大まかな事を話しても、相手は気にしないかもしれませんし、気になっても調べようがないです。

 あとは、なかなかデビューさせてくれない藤野御影に対して、私が唯一事実を話した萩原さんに相談したってところで良いんじゃないでしょうか」

「手伝う動機としては、ゆめさんには以前の借りがあるからで良いのかな?」

「はい。ここまで考えてきましたが、私との関係を訊かれて『友達です』で済めば、それ以上は答えなくていいともいます。言うとしても『ちょっとした借りがあるから』とかで十分でしょう」

「折角考えたのに、もったいない気もするけど」

「訊かれてもいないのに情報を出し過ぎたら、逆に不信感を与えかねませんからね。

 そこはぐっと我慢するしかないです。物語だって、何日もかけて考えた設定が結局、表に出ないまま最終回になる事も多いですし」

 せっかく考えたのにもったいないから、と労力をつぎ込むのは、物語に限らず愚行には違いない。

 商品開発だって、作っている商品の上位互換が他社から発売された場合、すぐにさらに性能が良いものを作るか、より低コストを目指すか、諦めて別の商品を考えるか、など先の事を考えるべきで、途中まで作ったし、勿体ないから最後まで作ろうと言うのは無駄なコストでしかない。

 また沢山の試作品の中からより良い物だけを選び出して作り上げた時、使わなかった他の試作品が全部無駄だったのかと言われたら、そんなはずはないのだ。

「パソコンは、いつ、どうして僕に渡った事にしようか?」

「小説を書き終わったから、ゴーストライターをしていた証拠として萩原さんに渡した。となるのが理想だと思うんです」

「僕が隠し場所って事だよね。でも、実際は僕が手にした時、小説は書き終わっていなかった。だったら、パソコンだけ先に渡して、ゆめさんが亡くなる前に、完成原稿を保管する目的で僕に渡した、とか」

「苦しいですが、他にどうしようもないですね。

 念を入れようと思えば、私の家でダミーの完成原稿を印刷をした方が良いとは思うのですが、私が死んでだいぶ時間も過ぎましたし、もう無理そうです」

「最悪、文章の書き方の癖とかから、専門家の判断に委ねたらいいんじゃないかな?

 パソコンの中に、パソコンの持ち主が『瀬良つぐみ』だと示すものはあるの?」

「メールでのやり取りの最初の方では、私側は本名でしたし、添付ファイルも表示されるので大丈夫でしょう。

 文章の癖云々まで行ってしまった場合、実家にある私の作文などを持ち出す選択肢も無くはないのかもしれませんが、この辺は萩原さん次第です」

 ゆめさんの家族と接触しないといけない場合、家族の反応いかんで展開が分からなくなってしまうけれど、保険としては十分。

「話す時には、事情を聞いたうえで、譲ってもらったって事にして、ゆめさんが亡くなったニュースを見たから、代わりに無念を晴らそうとした。でいいかな?」

「小説を書き終えた私は、すでに自分の作品を取り戻すために動いていた事を、萩原さんに伝えていたって事でしょうね。良いんじゃないですか?

 印刷ももう終わりましたね」

 ゆめさんの言葉で、コピー機が沈黙している事に気が付いた。

 百枚を超える紙の束を一つにまとめて、今度はパソコンと睨めっこしながら、製本作業を進めていく。

 念のために一つ前の巻を含めて、もう一セット印刷しながら、二時間以上かけて製本作業を終わらせた。出来上がった冊子の表紙をゆめさんに見せる。

「レポートの表紙みたいに、タイトルと名前しかないけど、良かったの?」

「これで売り出すって言うなら駄目ですけど、誰かに見せる事を目的にしているわけではないですし、大丈夫ですよ。あとは切手を貼るだけですね」

 ゆめさんの言う通りではあるけれど、やっぱり味気なく感じてしまうのは、少なからず僕もこの作品に思い入れがあると言う事だろうか。

 ともかく用意していた切手を、冊子の何か所かに張り付ける。

 朝一で動き始めて、気が付けばもう正午を回り、一時に近づいていた。昼食は食べていないけれど、郵便局の窓口が開いているのが三時までなので、早速消印を押して貰いに向かった。


#小説 #創作 #1話目 #オリジナル #ミステリ風

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