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幽霊作家㉜

 ゆめさんが言っていた通り、消印はあっさりもらうことが出来た――自作の小説を製本した記念にというのは恥ずかしかったけれど。

 歩いて郵便局から帰る途中、「次はいよいよ藤野御影と対面かな」と呟いた時、ゆめさんが「その件なんですが」と話を始めた。

「作戦があるんです。萩原さんとしては好ましくないかもしれませんが、聞いて貰っていいですか?」

「藤野御影を亡き者にするとか?」

「違います!」

 言って良い冗談だとは思わないけれど、これでゆめさんも話しやすくなったのではないだろうか。

「……だと、萩原さんの当日の負担が減って、リスクも少ないんじゃないかと思うんですが」

 ゆめさんの作戦を、ふんふんと相槌を打ちながら頭に入れる。

「実行するには、まだまだ準備しないといけないね」

「やってくれるんですか?」

「藤野御影に会うのは僕の我儘だからね。上手くすれば、嘘をつかずに話を付けられそうだし。上手くいったら味方が増えるだろうし。

 早めに動けるだけ動いて、彼女に会うのは締め切り前日にしようかな。

 それにしても、こうやって作戦考えて、下準備を着々とこなしていくのは、犯人になった気分だね」

「じゃあ、私達の負けですね。きっと名探偵が出て来て、全ての企みを暴いてしまうでしょう」

「名探偵が出てきてくれたら、あちらの悪事も見抜いてくれるんじゃないかな?

 そしたら、ゆめさんの一人勝ちになると思うんだけど」

 こうやって考えてみたら、犯人が月単位、下手したら年単位で準備していたものを、名探偵や敏腕刑事は長くとも数日のうちに解決するわけだ。

 何だか犯人が不憫になって来たが、僕達がいるのは現実なのだから、名探偵に怯える必要も無い。藤野御影本人が名探偵の可能性は否定できないけれど。

「何にしても楽しいです。考える事はあっても、動いてみるのは初めてですから」

「上手く行くかもわからないからね」

「小説だったら、都合よく、上手くいかせることもできるんですけどね。

 この辺の先の見えなさは、現実だからこその感覚ですね」

「読者は先は見えないけどね」

「よっぽどの事がない限り、主人公側が勝ちますよ」

 事実なのだろうけれど、作家本人に言われたら味気ない。

 では、主人公が負けて欲しいかと言われたら、そうではないが。

「今は準備もですが、萩原さんの小説もありますから、あまり時間はないですよ。

 藤野御影に会う前には完成させたいですから」

「それもそうだ」

 肯定はしたが、足を速める事はなく家に帰った。


#小説 #創作 #1話目 #オリジナル #ミステリ風

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