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幽霊作家⑪

「答えるのは良いですけど、一つ訊かせて下さい」

「歩きながらで良い?」

「では、とりあえず階段を下ってもらっていいですか?」

 神社に来たのはいいけれど、お参りもせずに出ていくのは気持ちが悪いので、階段を下りる前に財布から五円玉を取り出して、本殿に手を合わせる。

 頭を下げて階段の方を見た僕に、ゆめさんが「質問の数増やしていいですか?」と尋ねた。

 一段一段、階段を下っていく。五段ほど下ったところで、ゆめさんが「本当に誰彼かまわず、手を貸そうとするんですね」と嫌味っぽく言って続ける。

「手伝う基準って何なんですか?」

「どうしても時間がないとか、物理的にどうしようもない場合には手伝わないね。

 あとは、手伝いたくない人は手伝わない」

「意外ですね。今日も含め、無差別に首を突っ込むのかと思っていました」

 似たような事を言われたのはこれが初めてではないけれど、周りからはやはりそう見られているのだと思うと、一種の窮屈さを覚える。

「好き嫌いくらい、僕にもあるからね。如何にも手伝って貰って当たり前、みたいな雰囲気を出している人は手伝いたくないかな。

 あとは、バスや電車の座席は譲っても、新幹線みたいな指定席のある乗り物だと譲らない」

「どうしてですか?」

「確実に座りたかったら、指定席券を買えばいいから。

 子供の目の前で、赤信号を躊躇いも無く渡っていく人も、あんまり手伝いたくはないかな」

「指定券はともかく、急いでいたらどうしても赤信号を待っていられない、って事はあると思いますけどね。

 話しは変わりますが、萩原さんって神様とか信じている人なんですか?」

 半分以上階段を下りたところで、隣をついてきていたゆめさんが、僕の前に出る。

 急ぎ足の話題の切り替えだったけれど、騙されるつもりで答えを返した。

「正直、居るとかいないとか、真剣に考えた事はないよ」

「でも、律儀にお参りしていましたよね」

「神社だからね。って考えたら、神様を信じているのかもしれないけど」

 本当に信じていたら、死にたいなんて思わない気もする。

 ゆめさんは「どっちなんですか」と一蹴して、動きを止めた。

 階段の終点はもうすぐで、ゆめさんは右手にある小さな石の柱のようなものに近づいた。

『女本厄十九歳』と書かれていて、隣に淡いピンクのデジタルカメラが置いてある。

「これかな?」

「これだと思いますよ」

 ゆめさんからの同意も得られたので、茶色のストラップが付いたカメラを拾い上げ、降りて来た階段をまた上る。

「何でここにあるってわかったの?」

「確認ですが、この階段が人の年齢を模していて、最初が女性だというところはいいですか?」

「看板にも書いていたし、今も確認したしね」

「上に居た女の子が、二十歳前後だと言う事もいいですか?」

「見た目は大学生っぽかったもんね」

 ゆめさんは、うんうんと、二度頷いた。年齢は見た目以外にも、今の時間に神社に来ることが出来るのが、大学生が主になるだろうからというのもある。僕のように仕事をしていない人かもしれないけれど。

「では、説明を始めますね。神社にやって来た彼女は、一度階段を上り切り、例の看板を見つけます。興味を持った彼女は、カメラを持って下まで、というか自分の年齢の所まで下ったんでしょう」

「何で上った後に、下ったと言えるの?」

 カメラがあったのだから、十九段目でカメラを使ったのは違いないが、今の僕達のように階段を往復したとは限らない。

 しかし、ゆめさんには根拠があるらしく、自信たっぷりの表情を見せた。

「タオルを、首に巻いていたじゃないですか。

 でも、今日って汗かくほど暑くないんですよね。二往復目に入ったのに、萩原さんは殆ど汗かいていないみたいですし」

「体力差とかを鑑みても、汗をかいたとしたら往復している、と」

「十九段まで下って来たのは、自分の年齢、もしくは近い年齢だからでしょうね。

 わざわざ下って来たのに、書いてあることが本厄。カメラを置いて、携帯で調べるくらいはすると思うんですよ」

 僕は厄を気にしたことはないけれど、いざ自分が厄年だと言われれば、調べたくなる気持ちも分かる。幸か不幸か、ほとんどの人が携帯は持っているだろうから、よほど興味がないか、面倒くさがりでない限り調べるだろう。

「この辺から補足になりますが、恐らく彼女はクリエイターの類なのでしょう。

 絵を描いていましたから、画家か漫画家でしょうね。本職か趣味かは分かりませんが」

「写真が趣味って事はないの?」

「上に居た彼女は、階段を上っている時には見かけませんでしたよね。

 でも彼女がカメラがない事に気が付いたのは、私達が上りきった後。カメラが趣味なら、それまでに一枚も写真を撮らないって事はないでしょう。

 桜の花びらが風に舞っている姿を、資料として写真に収めようとしたと考えた方が自然です」

「資料としての写真だから、漫画家とかいう話になってくるんだね」

「ほとんどが憶測ですけどね」

 悪びれずにゆめさんが言うけれど、予想していた部分もあり、実際にカメラも見つかった事もあり、「それでも、すごいよ」と返した。

 女の子は、さっき居た場所で、一人うずくまっていた。よく見たら、目に涙をためている。

「あの」

 恐る恐る声を掛けたら、女の子は驚いたように立ち上がり、「何でもないですよ」と作った笑顔でこちらを見た。

 目があい、僕だと気が付いたのか「さっきの」と呟く彼女に「カメラは見つかりましたか?」と尋ねる。

「境内は一通り探したんですけど。来る途中で、落としちゃったのかもしれません」

「もしかして、カメラってこれじゃないですか?」

 女の子にカメラを見せると、彼女は自然に明るい表情になり、穴が開くようにカメラを見つめた。

「はい、わたしのです。どこにあったんですか?」

「神社の階段の途中ですね。帰ろうと思った時に見つけたので、もしかしたらと」

 何かを思い出したように、「あっ」と声を漏らす女の子の手に、カメラを置いて、「それじゃあ」と女の子に背を向けた。

 後ろから「あの」と声がするけれど、聞こえないふりをして、階段に差し掛かったところで、面白くなさそうなゆめさんの声がする。

「連絡先くらい、教えてあげたら良かったんじゃないですか? もしかしたら、逆に、教えてくれたかもしれませんよ?」

「教えてもらっても困るからね」

「せめて名前だけでも、教えておけばよかったと思いますけど」

「ゆめさんが見てみたかっただけでしょ?」

 面白くなさそうにしているし、こうなれば面白いと思う事を言っているのだろう。

「カメラを見つけたことがきっかけで、甘いラブロマンスになんて、少女向けではありそうですからね。可愛い子でしたよ?」

「だとしたら、相手役がポンコツだから、止めておいて正解だったね」

「萩原さんがポンコツかどうかは、私には判断できませんが、ポンコツだから良いって人もいますし、大切なのは出会う事です。

 恋愛小説は専門外ですが、優秀な元ネタが生まれたら書いてみてもいいかもしれないですね」

「同じ町に住んでいるのだから、再会する可能性もあるだろう、と」

「私が恋愛小説もいける口だったら、今日の出会いだけで十分ネタに出来るんでしょうけどね」

 ゆめさんの物事に対する見方と言うか、ネタに対する執念には、脱帽と同時に一種の怖さを感じる。

 僕の何がネタにされるのかが、サッパリわからない。結局僕を介してでしか執筆できないので、問題はないのだけれど。

 階段を下り終わり、「神社はどうだった?」と尋ねてみる。

 ゆめさんは、考えるように声を漏らしてから「なかなか面白かったですよ」と笑顔を見せた。表情に裏もなさそうで安心はしたけれど、またどこかに連れて行けと言われた時には、場所と発言は考えないといけない。

 とりあえず、家に帰ってからクーラーでもつけるかと心に決めた。

#小説 #創作 #1話目 #オリジナル #ミステリ風

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