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2018年9月28日〜10月4日 酒と仕事のサンドウィッチ

2018年9月28日 たぬきや日和

 眠っている間に奈良漬けにでもなったのかと思った。小さく呻きながら起き上がる。空が晴れて、本当にたぬきや日和だった。たま川のほとりでビールでも飲んだら、風が気持ちいいだろう。問題は飲みたくない気持ちを飛び越えて、恐らくもう一滴も酒が飲めないと体が直感していることだった。

 とりあえず無心でシャワーを浴びる。バスローブを羽織ってバスタオルで大雑把に髪を乾かしていると、いくらか気分が落ち着いたので安心して、次の瞬間ものすごくスムーズに嘔吐したので驚いた。昨夜飲んだ酒がそのまま吐き出された感じで、全身がアルコールを拒否しているのがわかる。胸に手を当てて動揺を抑えながら、窓の外を見た。空が明るい。たぬきやにでも行こうかな。

 ホームの自販機でポカリスエットと水を買って、病人の面持ちで電車に乗り込んだ。不意に車内で吐いてしまわないかという不安と、川沿いから空を見上げたら元気になりそうな期待が交互にやって来る。

 駅からたま川に向かって歩き、道路の向こうに土手を見つけて駆け寄ると、晴れた空の下に営業中の赤いのぼりがはためく河原が広がっていた。弾む気持ちで土手を下りる。川沿いの外の席では、ぱらぱらと人が飲み始めていた。いつも通りひとりで調理もお会計もやっているお母さんに、やや恐縮しつつビールを注文する。席に落ち着いてビールに口をつけると、体全体がアルコールの侵入に混乱するのがわかった。少し戸惑いながらぼうっと川を眺める。

 夕方になると散歩中の犬を連れた人たちが次々と休憩に訪れて、一杯飲む飼い主の隣で大きな犬たちも水を舐め始めた。酔っ払ったおじさんが犬を撫でる。私は犬と暮らしたことがないのでよくわからないのだけど、みんな大人しく気持ちよさそうに撫でられていて、いいこに思えた。

 日が暮れると店内の明かりをめがけて、絵本みたいに大きな蜂が入って来た。一瞬店内がざわついて、驚いた蜂がうろうろ飛び回ると、いよいよみんな怖くなって、ぱらぱら飲んでいた人たちが一斉に蜂に注目する。さっきまで犬を撫でていた酔っ払いのおじさんが、「何が怖いんだ」と笑いながら脱いだ帽子で退治しようとして、危険を感じた蜂がさらに激しく飛び回り、私も驚いて自分の席から避難すると、近くのおじさんに「足元にいるぞ!」と指さされて飛び退いた。おじさんは「はっはっは」と笑い、奥さんらしき女性が「ちょっとあんたやめなさいよ」とおじさんの肩を叩く。私も「はー、びっくりしたー。やめてくださいよー」と笑いながら、みんなで蜂に立ち向かっているおじさんを振り返ると、いつの間にかハエ叩きのラケットを手にしていて、器用に蜂を叩き落としていた。よくわからない一体感のもと、店内に拍手が巻き起こる。

 大げさだけど危険を感じたことで妙に高揚して、すっかり日の暮れた川沿いを登戸駅まで小一時間歩く。真っ暗な河原は静かで、時々道路のほうからトラックの走り抜ける音が聞こえた。スカートから露出している脚に原っぱがくすぐったい。道の途中にぽつんとあったコンビニがものすごく文明的な建物に見えて、登戸駅に着くと途端に人がたくさん行き交っていたのでさらに驚いた。駅の階段を上って、しばらくロータリーを見下ろしながらぼうっとする。小田急線に乗って下北沢に帰って、シャワーを浴びて眠った。

2018年9月29日 北朝鮮のアルコール

 新婚のD君が北朝鮮ツアーで買ってきたお酒を飲ませてくれるというので、雨の中、興味本位で出かける。韓国で買ったというポンチャックマシーンでポンチャックを聞きながらD君が見慣れないボトルを開封すると、にわかにふたりとも興奮した。

 アルコール度数が40%のキノコのお酒と、ワイルドブルーベリーと書かれた16%のワイン。まずキノコのお酒をお猪口に注いで、恐る恐る匂いを嗅ぐ。高麗人参入りの酒をさらに煮詰めたような匂いがした。ラベルの見慣れぬキノコを眺めながら、とりあえず舐めてみた。

「テンション下がった」

 しばらくの沈黙の後、D君が言った。

「うん……私もちょっとテンション下がったわ……」

 険しい表情で腕組みするふたりの間に、ポンチャックが陽気に流れている。

 中身が全然減っていない新品同様のボトルを一瞥して、これをおいしく飲み切るためにはどうしたらいいか話し合う。味はなんというか、高麗人参しか入っていないお酒をもっと煮詰めたような感じで、後味と吐く息からは飲酒用とは思えないアルコールの香りがした。ソーダでは香りがより高くなってしまうだろうし、トニックウォーターの風味くらいでは歯が立たなそうだった。どちらからともなく「コーラ」という単語がでて、「コーラだね」「そうだね、コーラしかないね」と頷き合う。資本主義の象徴であるコーラ。はは。短く笑ったけれど、その場にコーラがなかったので外へ出た。あっ、ワインのほうは白ワインとも赤ワインとも違ううす茶色をしていて、キノコのお酒を少し水で薄めたような味がした。

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