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2020年4月17日〜4月23日 林檎/待つ/淫語/山菜/原稿/文旦/半裸

4月17日 林檎

 浴室にいたら、雨が降ってきた。窓の外、ざあざあ。あたたかいところに閉じ込められているみたいで、安心して少しさびしい。

 一昨年、松尾清憲さんに「雨のスペースロケット」という歌詞を書いた。

 人々の寿命がぐんと伸びて、車くらいの気軽さで誰でもロケットを所有できるようになっていて、身の回りの単純作業はロボットがやってくれて、そんな未来で、松尾さんは傷ついて泣いている女の子とレストランに閉じ込められている。雨がすごくて、外に出られないのだ。

 店内のラジオからは松尾さんの曲が流れている。こんなにも曲がヒットしているのに、こんなにも世界の技術は発達したのに、好きな女の子ひとり泣きやませることができない。

 このコーヒーを飲み終わって、雨が止んだら、僕のロケットにおいでよ。君のために歌わせてほしいんだ。

 そういう歌詞だった。

 子どもの頃、アパートのひとつ下の階に歌の上手なお姉さんが住んでいた。台湾人の女の子で、お風呂に入っている間じゅう歌っていた。

 私はどういうわけか彼女の両親に好かれていて、一度だけ夕飯に招かれたことがある。お父さんが料理をする家で、台湾の家庭料理をたくさんご馳走してくれた。

 骨付き肉のスープがあって、肉だけを食べたら「骨に栄養があるんだから噛まないと意味ないじゃない」とお母さんに笑われたのを思い出す。

 骨はたしかに噛み砕けるくらいの硬さで、でも飲み込めるほどには柔らかくなくて、困惑していたら今度は「ティッシュに出すのよ」と笑われた。噛んだものを吐き出すのが恥ずかしかった覚えがある。

 何年か経って、家庭の事情で突然どこかへ引っ越していってしまった。

 

 そういえば、こごみの食べ方を知らない。

 そういえばも何もないんだけど。

 懐石料理の前菜で透明なお酢のジュレをかけられている印象しかない。あれは、自宅だとどうやって調理したらいいのかしら。

 無いこごみについて考えていたら、バスケットの片隅でりんごがひとつだけふかふかになっているのを発見してしまった。まだ、火を通せば食べられそうな気がしたので、芯をくり抜いて、シナモンを削って、砂糖とバターと一緒に詰めて丸ごと焼きりんごにした。

 おいしいものしか入っていないので、ちゃんとおいしかった。

4月18日 待つ

 カップケーキ屋さんの窓際の席で、ふたりのおじいさんが向かい合っている。もちろんカップケーキを食べながら。

 普段は若い女の子たちが店先で賑やかに写真を撮り合っているので、意外な光景に妙に目を引かれてしまった。

 プリン屋さんのレジにはカップルが数組並んでいる。狭い店内で距離を取っているので、二組目のカップルはもう出入り口に立たなければいけないようだった。

 スーパーは窓越しにも混み合っていて、レジ横の菓子パンを無造作に買い物かごに放り込んでから会計する人たちが見えた。

 みんな甘いものを欲している。

 起き上がるのもつらくなるような重苦しい雨は、夕方前に突然上がった。

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