狂犬病をまた考える⑤ノーガードの動物は放置?
前回は、アメリカの状況をご紹介しました。あの国では、狂犬病を人間にうつす動物は、ほとんどがコウモリです。また、イヌだけでなくネコも狂犬病ワクチン接種の対象です。この病気は、すべての哺乳類が感染するからです。
でも、日本ではイヌだけにワクチン接種が義務付けられ、ネコをはじめ全てのペットはノーガード。野生化した愛玩動物や、野生動物への対策も行われていません。
イヌへの狂犬病ワクチン接種はとても強く訴える一部の獣医師からも、この状況に関する意見はほとんど聞かれません。今回は、イヌ以外の狂犬病対策について考えてみます。
OIEは対策の不備を指摘
OIE(国際獣疫事務局)の小澤義博名誉顧問(当時)による「世界の野生動物狂犬病の現状と日本の対応策」と題した提言が、2013年に「獣医疫学雑誌(The journal of veterinary epidemiology)」に掲載されています。
この提言では、欧米を中心とした先進国の(繰り返しますが、タンザニアではありません…)狂犬病予防を紹介しながら、日本でも野生動物対策を検討する重要性を強調しています。以下、重要と思われる点を抜粋しました:
近年欧米の狂犬病対策の主体は,野生動物狂犬病の撲滅運動に集中してきている
…野生動物の好む餌で包んだ経口ワクチンが投与されている。欧州では 1980 年頃から,カナダで 1985 年から,アメリカで 1990 年中頃から,韓国では 2000 年頃に投与が開始され,今日も続いている
…英国では,野生動物によるあらゆる侵入リスクを想定し,英国内の野生動物に広がる幾つかのシナリオを想定して,その対策が立てられ,対応マニュアルも用意されている。(中略)示された手順に従って対応すれば淘汰されるように準備されている
小澤博士の提言は、この文章に集約されると思います:
ネコは?野生動物は?
日本でも、一般的にイヌが人間に最も近い場所にいる動物であることは間違いありません。野生動物から始まった狂犬病が、イヌを通して社会の脅威となるリスクを100%否定することはできません。引き続き、イヌに対する予防対策は必要でしょう。
CDCも、アメリカでイヌが感染源になるケースが1%程度なのは、ワクチン接種も貢献しているとしています:
でも、それは
他の動物に対する対策を
全く講じなくても大丈夫
という事を意味しません。
今の日本で、人口の多い都市部でヒトが野犬に襲われるリスクが高いとは考えられません。少なくとも、狂犬病予防法が施行された昭和25年とは比較にならないほど低いでしょう。代わって、ネコとの接触機会は地域を問わず増えているのではないでしょうか?
狂犬病ではありませんが、ネコから病気がうつった女性が福岡県で2018年に亡くなりました。屋外での餌やりを通した接触で、「コリネバクテリウム・ウルセランス感染症」という病気に感染したといわれています。
致死率が30%近いとされる、重症熱性血小板減少症(SFTS)も広がりをみせています。ネコを媒介にダニからSFTSに感染し、死亡した例もあります。母体を通して胎児が感染する、トキソプラズマ症なども屋外で生活するネコなどから感染するリスクがあります。
また、野生化したアライグマが民家に迷い込んだという報道も目にします。宅地や農地などの開発によって、クマやサル、イノシシなど野生動物と人間の生活圏が重なるケースも増えているようです。
前回ご紹介したアメリカの例も含めて考えると、「狂犬病感染のほとんどがイヌから」として、イヌだけのワクチン接種のみを"ことさら"強調するのは、色々と"穴"の多い主張ではないでしょうか?
抗体検査の重要性
何度も書いてきましたが、イヌにはワクチン接種の他に抗体価検査を"選択肢"に加えるべきだと考えます。アメリカでは、ワクチン接種をしていたイヌが狂犬病を発症した例が報告されています。ワクチンに反応しない「ノンレスポンダー」だった事が疑われます。もし私の愛犬が同じ体質だったら、ワクチン接種以外の予防法が必須です。
地域を守るためにも、抗体検査は重要なはずです。73年前にはできなかった(から狂犬病予防法に書かれていない)と思いますが、今は可能です。
また、日本ではワクチン接種後に毎年10頭前後の家庭犬が亡くなっています。
直接の因果関係は確認されていませんが(と言うか、していない?)、いわゆる"有害事象"も含めると年間数十件が報告されています。
年間400万頭以上が予防注射を受けている中の「わずか10頭!」と、数や確率で命を語る一次診療の獣医師も少なくないようです。でも、その10頭に私たちの「家族が含まれない」確率は0%。抗体が充分あれば、ムダな注射を打たない事で有害事象は避けられます。
リスクは限りなくゼロにすべき?
最後に、下の表を見てください。「動物の狂犬病ウイルスに対する感受性の違い」です。ネコって、コウモリと同じくらい狂犬病ウイルスに対する感受性が高いのが分かっています。イヌよりヒトより、高いです。アライグマも。
ネコにワクチン接種は不要なのでしょうか?
野生化したアライグマなどの動物や、
「森林型」と呼ばれる野生動物狂犬病への対策は
必要ないのでしょうか?
そうした議論すら聞こえないのはなぜ?
現在、飼い犬の狂犬病ワクチンの接種率は統計上7割ほどです。自治体に畜犬登録されていない犬で未接種の個体を含めると、約5割と言われています。一方、いまだに外飼いも多いネコは0%
去年、ウクライナからの避難民が連れてきた愛犬を、検疫施設外で係留することを農林水産省が認めました。狂犬病のワクチン接種や抗体検査を行ったうえで、係留場所の構造確認や定期的な係員の訪問など様々な条件をクリアすることが大前提でした。農水省や日本獣医師会などは、「リスクは増えない」趣旨の声明を出しました。
これに対し、SNSで獣医師を名乗る一部のアカウントがとても強く批判しました。「”リスクが増えない”、ではまったく不充分。限りなくゼロに留めなくてはならない」との主張が繰り返しなされました。敢えて不安を煽るかのような書き込みもありました。
念には念を入れる考え方には賛成です。でも、それなら、なおさら、もっと身近で、もっとリスクが高い案件があると思うのですが…。
謎は深まります…。
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ウクライナの件では、リスクが増えない「エビデンスを出せ!」という一次診療の獣医師を名乗るアカウントからの書き込みもよく見ました。なので、次回はそのエビデンスをご紹介しようと思います。