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再び狂犬病予防を考える②ウクライナの犬でリスクは上がるか?

前回は、ウクライナから来たワンコの検疫について、議論となっているポイントを農林水産省(農水省)の説明を基にご紹介しました。今回は、その農水省の判断に反対する意見を整理しました。

前回のまとめ:農水省の判断と反論

所定の手続きを出国前に踏んでいなかった場合、日本に来たワンコは検疫所で隔離され180日を過ごすことが義務付けられます。一方、ウクライナから避難して来た方々の愛犬たちは、検疫所の外で飼い主さんと過ごすことが認められました。

この対応について、狂犬病のリスクを増やすとして特例を認めるべきでないとする声があります。農水省は「今ある規則(=「犬等の輸出入検疫規則)に沿った判断で、"特例ではない"」としています。

金子原二郎・農水相

"特例" 云々は、政治的な色が濃いのでさておき…、農水省は

この対応によって国内の狂犬病発生リスクが増えることはない

と断言しています。4月28日になって、日本獣医師会(日獣)もこの方針をサポートする姿勢を明確にしました。

獣医師からの反論

SNSなどでは、匿名も含め獣医師を名乗るアカウントから非難・懸念の声が多く上がっています。

「獣医師会会員の皆様へ」として協力を依頼するレターを日獣が公開しています↓

日本獣医師会が会員(獣医師)に送ったレター
http://nichiju.lin.gr.jp/topics/pdf/20220428-2.pdf

このレターにも、狂犬病のリスクが増えないとする根拠の提示がないとして「不信感が募るだけ」とする獣医師がいるようです。「皆さん、退会を考えますよね…」と日獣からの脱会を呼び掛ける声も見られます。(個人的な印象ではありますが、"内部"の意見対立を不特定多数の外部の目に触れさせるようなコミュニケーションは「専門家」としていかがなものかと思います…。)

こうした専門家(「センモンカ」?)による発言の影響かどうかは分かりませんが、分かりませんが、一部でパニックも見られます。一般の方によると思われる書き込みには、「狂犬病のワクチンが足りなくなる!」などと国内で狂犬病のパンデミックが発生したかのようなツイートもありました。

異論のポイント:検疫所外での"隔離"

ともかく、反対意見のほとんどは、ここに集約されると思います。

検疫施設での180日の隔離
に、例外を認めてはいけない。

前回ご紹介したように、「180日の経過観察なしには狂犬病にかかっているリスクを100%排除できない」というのが、少なくとも現在は検疫の基本です。(私は、ここに疑問があるので、次回ご紹介します)

写真はイメージです

日獣のレターには、

狂犬病に感染している可能性は極めて低いものと判断されます

とあります。「極めて低い」状態では不十分であり、ゼロでなくてはならないというのが反対派のスタンスです。また、極めて低い根拠が提示されていないことも指摘されています。これ自体には、誰も異論はないと思います。私もそう思います。

運用面での指摘

そのほか、法解釈や運用面などに対する疑問・懸念もいくつか…

災害救助犬?

農水省は「災害救助犬のように」「災害救助犬と同様の扱い」など、災害救助犬を強調しています。でも、救助犬の場合、感染症を含めた健康管理はキチンと行われているはずです。狂犬病が存在するウクライナで暮らしていた家庭犬と同列に語るのは、さすがに無理があるのではないでしょうか?

「災害救助犬」をことさらに持ち出したことで、誤解や反発に拍車がかかったと感じます。率直に言えば、「"その他特別な事情"での判断」としておいた方が多少はスムーズだったように思います。

飼い主に課した条件?
農水省が開示した限られた情報では、運用面の実効性に疑問を感じる人は多いでしょう。不安や懸念につながるのは無理もないと思います:

1)1日2回の健康観察
2)動物検疫所への週1回の報告
3)他の犬や動物と接触させない
4)咬みつき事故の防止 

このうち3つは性善説に基づいた自主管理に任せる以外ありません。2点目の検疫所への報告も、内容などについては何も説明がありません。

「特別な事情」濫用への懸念
今回の措置は、「特別な事情」に基づいたものだと熊谷大臣官房審議官から説明がありました:

「ウクライナでは戦闘が行われており、あらかじめ証明書の発給を受けることは事実上困難な状況にあります。そこで、…」今回の判断をした

農林省の記者会見より

判断に基づいたのが、以下の「特別な事情」です:

犬等の輸出入検疫規則・第4条第5項
家畜防疫官は、動物検疫所長が、係留中の犬等につき災害救助のため必要であることその他の特別な事情があると認めたときは、第一項の規定にかかわらず、当該犬等を輸入しようとする者に対し、狂犬病予防上必要な管理方法等を指示し、一時的に動物検疫所の敷地外に当該犬等を出させることができる。(強調は筆者)

犬等の輸出入検疫規則

これを前例に、今後、何らかの「特別な事情」があるとお役所が認めた場合、同様の措置がとられる可能性が生まれました。

人間のケースですが、「その他の事情」の濫用で流行初期に新型コロナウイルスの入国制限が「ざる」だったことをご存じの方もいらっしゃると思います。大手マスコミは報道しない類の話なので、意外と知られていないかも知れませんが…。

将来を心配する声があるのはもっともでしょう。

日本人への対応
不平等な対応なのも気になります。

「ダブルスタンダード」では?

例えば、ロシアにも企業の駐在員等、少なくない日本人が暮らしています。家族が愛犬を伴って帰国する場合も、ウクライナのワンコと同じ対応でしょうか?ロシア国内で戦闘は行われていませんが、日本人が帰国しなければならない「特別な事情」はあります。

"愛犬と一緒に家に帰れないから、ロシアから出られない"という日本人はいないと思いましたが…、

緊急帰国の場合であっても係留期間短縮に関する特別措置はありません。

農水省・動物検疫所

とあります。

農水省・動物検疫所のウェブサイトより

規律の乱れた政治・行政

色々な考え方があるとは思いますが、今回の件は、日本における政治・行政の規律の乱れが現れた1つの事例だと思います。常に、行き当たりばったり…。で、政治屋の思惑で動く。(私見:政治家と政治屋の間には、「ブリーダー」と繁殖屋に似たものがあるようです ^_^;)

動物愛護法の改正(「動物の愛護及び管理に関する法律等の一部を改正する法律(令和元年6月19日法律第39号)」)に伴って決められた、いわゆる「8週齢規制」が去年施行されました。子犬・子猫は、生後8週まで親から離して販売・展示してはいけないというアレです。違和感しかない「特例」が日本犬だけに設けられた時と同じ…(以下自粛)

次回:狂犬病の不思議

前回と今回、基本的には事実関係を整理してみました。賛否は難しいですが、ワンコと飼い主さんが一緒に過ごせることは良かったですよね。もっと良いやり方があったとは思いますが。

で、今回の件を勉強していくと、また、疑問が沸きあがりました。以前ご紹介しましたが、狂犬病の予防に関する考え方…

毎年ワクチンを打つ必要はありますか?
もっと大事なことは、
ワクチンを打っていれば本当に安心ですか?

もちろん、この病気を予防することにも、ワクチン接種自体にも、異論はまったくありません。でも、今のやり方が、本当に人間にも犬にも安全で安心なのかは疑問が大きくなりました。

私は東南アジアの貧乏旅行中、ベトナムで犬に咬まれたことがあります。帰国後の治療の実体験も踏まえ、次回はそんなことについて考えたいと思います。潜伏期間が180日と言われた記憶がないのですが…