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⑦消えない思い出『殺せ・逃げていいよ』

毎晩お酒を飲む父。

小学校低学年の私は、

さすがに夜が耽けてくると

二階に上がるように

促される。

すると、たちまち

下から怒鳴り声が聞こえてくる。


祖母が寝て、

父と母が二階に上がってくる。

お酒を持って。

父はお酒を飲みながら

借金やホームヘルパーの仕事で

ご老人の髪を切る事を

いやらしいと言って

なじる。

色々難癖をつけて

だんだん

興奮してきて

目が血走り

拳を握り

肩が上がり

顔が赤くなる。

立ち上がり、

母を蹴飛ばす。

「やめて子供の前で!」

姉と私は、

2人をみない。

テレビを見続ける。

面白い番組じゃなくても。

父がトイレに行った

タイミングで

子供部屋に行く。


なぜ、さっさと

子供部屋に行かないか。

行けないのだ。

父の行為が

嫌気を感じる事だと

父に思わせてはいけないからだ。

テレビの方を向いて、

チャマを

抱き抱えて

耐える。


母は、ベッドまで

着いてきて、

連絡帳や洗濯物などをタンスに入れる。

寝なさいね。

と言って隣の部屋に戻る。


数分後、

父の怒鳴り声と

母の悲鳴。


やめて下さい!

痛い!

すいません!

やめろ!

殺せ!


姉と私は、

二段ベッドで、

その音を聞きながら

しりとりをした。

その音を聞きながら、

眠った。


母は、

子供達の夕食後、

深夜のパートに出た。

家にいなくていい様に。


私は

寂しかった。

母の事が

大好きだったから。

学校の事、宿題の事、自分の事

もっと教えたかった。

すごいねって

言ってもらいたかった。

だから、

タダを兼ねた。

母が出かける前に

我儘を言って

行かせない様にした。


姉が、父に隠れて、

母の夜食を作っていた。

夜中

帰って来た母は、

子供部屋でそれを食べる。

私は寝たフリをして

母を待つ。

置き手紙に

学校の事などを書いた。

読んだ事を確認して

眠る。


クリスマス。

姉と母と一緒に

ケーキを作った。

茶の間の飾り付けをして

子供がいる家らしく

無邪気に

クリスマスのご馳走を運んだ。


何のきっかけかは

覚えてない。

台所で

大きな音がした。

母が茶の間に逃げて来て、

父が追いかけて来て、

私は固まったまま

動けず、

テーブルの上の

ケーキを見ていた。

クリスマスの夜

母が外に逃げて行った。

父は

茶の間のいつもの位置に座った。

必然的に

子供達も座る。

ご馳走、食べたのかな。

多分、

何でもないフリをして

食べたんだと思う。


夜中、

父は外に探しに行った。

お母さん逃げていいよ!見つからないで!
逃げて!

と心の中で祈った。

ベッドの中で泣きながら

母の安否を心配した。

姉が、2段ベッドの上で

『お母さん、もう帰ってこきゃいいのにね』

と言った。

同じ事を思っていたんだ。


母は車の中にいた。

子供部屋のすぐ下にある

車庫の中に。

エンジンをかけず、

雪の降る

冷凍庫のような場所で

一晩過ごしたのだ。


母は、

反論する様になった。

父に殴られても、

怯まず言い返す。

やり返す。

ある夜

祖母も二階に上がって来て

警察呼ぶか!

と叫んでいた。


姉と私は

同じタイミングで

ベッドから出た。


私は、

母が捕まる

と思った。

だから、

呼んじゃダメ!

と思った。

母が借金をしている事は知っていたから

借金は犯罪だと思っていたから。


母に、

大丈夫?

とか、

言ってあげられなかった。

普通通り、

宿題や、学校の事、お友達と遊んだ事、

テレビの話をした。

母が泣いちゃうと思ったから。

心配させてごめんね

と、

母に

思って欲しくなかったから。


クリスマスの夜の事

毎年思い出す。

お母さん逃げて。

ベッドの中で

祈った事。

泣いた事。

中学生の姉が、

お母さんもう帰って来なきゃいいのにね。

と言った事。


逃れられない

思い出のひとつ

クリスマスの夜。






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