電車に忘れ物をした話

新幹線の改札を入ったとき、わたし妙に身軽だなと思ったらキャリーを引いていなかった。

この駅に来る前JRの快速電車に乗った時は確かに持っていた。座ったのがボックスシートだったのでキャリーを目の前に置くことができず、ヨイショって荷棚に上げたことも覚えている。スマホでXを眺めながら乗換駅に着いて、華麗に降りた瞬間からわたしは身軽な自由人だったのだ。
新幹線に乗る前に気づいたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。ただキャリーを取りに戻るべき場所はここに無い。その空間は30分も前に移動してしまっていた。

わたしは改札に引き返して駅員を訊ねた。かくかくしかじかで忘れ物をした。とりあえず新幹線に乗るのは延期したいから入場は無かったことにしてほしい。ついでに荷物も探して欲しい。わたしの乗っていた電車は今いずこ。という事を務めて冷静に、実際はかなり焦りながら話した。キャリーの中には旅の衣類の他、仕事に使うパソコンが入っていた。パソコン自体は6年物で無価値だったけど、中のデータを失えば笑って済む話じゃない。

乗って来たのは14時21分発の下り電車の14号車。次の駅で切り離すと言っていた車両だった。よくまあそんな事まで覚えていたと、わたしは自分の有能さに自画自賛しながら情報を伝えた。かなり有効な手がかりだと思ったけど、駅員さんはパソコンを叩いてデータベースを確認し、「それらしい荷物はまだ届いてませんね」と言う。そして、「遺失物が届いても登録されるまで時間差ありますし、ここから検索できますから」と言って名刺サイズのQRコードをくれた。

そのとき、わたしの思いと駅員さんの間に大きな隔たりがあることがわかった。駅に相談すれば今も荷棚の上で旅をしているかもしれないキャリーの居場所を突き止めて無線か何かで連絡し捜索してもらえるのかと思っていた。ところが現実は忘れ物が届けられるのを待つという、極めて受け身な対応しかできなかったのだ。わたしはがっくりと肩を落とした。

切り離す車両なら一度車庫に入る。もしかしてワンチャン車庫で見つかってその駅に届いているかもしれない。「駅に連絡できませんか?」と訊いたら「電話番号は公開していません」と言われた。「直接訪ねることはできますが、お客様ご自身で(きっぷを買って)移動になります」とのことだった。

先の予定があるのに、悠長に遺失物登録を待つわけにいかない。結果、隣の駅で保護されているなら結局は取りに行かなければならないので、とりあえず行きますと言って新幹線の改札を出してもらった。隣の駅まで200円。往復400円の出費だったけど、黙って待つより精神的に楽だと思った。

5分の旅の末、橋の上にある小さな改札口で先ほどと同じような申告をして、荷物の特徴を話しているとき駅事務所の片隅に見慣れたグレーのキャリーが目に入り。
思わず、「アーッ、それーっ!!」と叫んだ。

身分証明書の提示とサインをして、キャリーは簡単にわたしの手元に戻って来た。荷物がわたしの所有物であるという証明も要らなかった。
上り電車に乗って新幹線の駅に着き、見つかりましたと申告して再び新幹線の改札に入って、最初の予定の1時間後の電車に乗って旅が再開した。

忘れ物には気をつけよう。













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