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ハンバーグと猫缶(創作童話)

「恵太、太郎の散歩行ったの?」
 ゲームをしているぼくの背中に
ママの声が突きささります。

「う・・ん、もうちょっと・・待って・・」

 ゲームが大事な場面だったので、
とぎれとぎれの返事になった。

「ゲームばかりして、
ママのいう事、全然聞いてないのね。
さっき言ってから、一時間はたってるわよ。
ゲームの時間も全然守ってないし。
今日こそ、ゲーム機没収よ」

ママは目を三角にして怒っています。

ぼくも、さっきママに言われたとき
散歩に行こうと思ったんだ。
でも、あと少しで勝ちそうだったので、
「もうちょっと、もうちょっと」って思ってたんだよ。
あれから一時間もたったなんて思わなかったよ。
 
ママのキーキー声に反応して
猫のみー助がママの足元にやってきました。
みー助は、家族思いの優しい猫です。
誰かが大きな声を出すと、
なだめるように足元にすり寄ってきます。

「あら、みーちゃん、おりこうさんねえ。
みーちゃんが、恵太と代わっていたらよかったのにね」
 
ママはみー助を抱き上げながら、
ぼくをチラっと見た。

むかついたぼくは、
「ああ、いつでもみー助と代わってやるよ。
ぼくも猫の方が気楽でいいや」
そう言い放つと、ソファーに倒れこみました。

いつの間にか眠っていたようで、
美味しそうな匂いで目がさめました。

「ママ、お腹すいたー。ごはんまだ?」
ぼくは目をこすりながら台所に入っていきました。

ママはぼくの方を振り向いて、
「あら、みーちゃん。お腹すいたのね。ちょっと待ってね」
と、やけに優しい声で言った。

(ん?今ぼくにみーちゃんって言った?)
起きたばかりなので、聞き間違いだったかも?

ママは、棚の猫缶を手に取ると、
「新発売の猫缶、試しに一つ買ってみたの。おいしいかしらね?」
って、そんなこと聞かれても、猫缶の新製品なんかに、
興味ありません。

「ママ、お腹がすいたよ。みー助のごはんは後回しにしてよ」

 ママはぼくのいう事が聞こえなかったのか、
「さあ、どうぞ。みーちゃん、いつも欲しそうに
テレビのコマーシャル見てたでしょ」

そういって、缶詰の入ったボウルを
ぼくの前に置きました。

「ママ、ふざけてないで」
ぼくは足元のボールを、つま先で押し返しました。

「もう、何をニャンニャン言ってるの。
せっかく買ってあげたのに。
いらないなら食べなくていいわよ」
ママは足元のボウルを取り上げると、
シンクの方に戻って行きました。

「ニャンニャンなんて言ってないだろ。
ちゃんと話してるじゃないか」

 ママは後ろから叫ぶぼくに
振り向いてもくれませんでした。

「はーい、おまちどおさま。
今日は恵太の大好きなハンバーグよ」

ジュウジュウと音が聞こえそうなハンバーグが、
テーブルに運ばれました。

「やったー、ハンバーグだ」

急いでテーブルに駆け寄り、いすに座ろうとした時、
ぼくより早く、
みー助がいすに飛び乗りました。

「こら、みー助、ここに上がっちゃ駄目だろ?
早くどけよ」

 それを見ていたママは、
「みーちゃん、ダメでしょ。
あなたは、おいしい缶詰がるでしょ」

てっきりみー助が怒られていると思ったら、
ママはぼくの背中をたたきました。

「いたっ!ママ、なんで僕をたたくんだよ」
声を荒げてママをにらんだけれど、また無視です。

イスに座ったみー助は、猫背をまっすぐに伸ばし、
ピンクの鼻をピクピクさせています。

(なんかおかしいなあ。どうなってるんだ?)
その時ぼくは、ふと、さっき怒ったはずみで言った言葉を
思い出しました。

ひょっとして、ぼくがみー助と代わりたいって言ったから、
本当に入れ替わったの?

もしそうだったらどうしよう。
もうママのハンバーグは食べられないの?

なんでみー助と代わりたいなんて言ったんだろう。
ぼくはすごく後悔した。

「ママ、ねえ、ママってば・・・」

ぼくはスープを注いているママのエプロンを引っ張りました。

「みーちゃん、うるさいわねえ。本当に外にだすわよ」
ママは、エプロンをつかんだぼくの手を払いのけました。

「ママ。ごめんなさい。
太郎の散歩はぼくが行く約束、これから絶対守る。
ゲームの時間もちゃんと守るから。
みー助と代わりたいなんて言ってごめん。
約束は絶対守るから。
だから、ぼくをママの子供に戻して」

ぼくは手のひらが熱くなるくらい、
強くすり合わせて頼みました。
それを聞いたママは僕の手を両手で包み込み、
じっと僕の目を見つめました。
涙がどんどんあふれ出て、
目の前のママの顏がかすんで見えません。

ママは何も言わず、僕の体をギューッと抱きしめました。
ママの体も小刻みに震えています。

(ああ、これで許してもらえる・・・)
と思った次の瞬間、ぼくの体は突き放されました。

よろけながらママを見ると、
なんとママは僕をみおろしながらVサインをしていました。
「恵太、いま言ったこと本当? 約束は絶対守れるのね?」
 ぼくは頭の中がゴチャゴチャになって、
わけがわからなくなりました。

そして、やっとだまされていたといいう事に気がつきました。
「ママ、ひどいよ。ぼく、本当に猫になったのかと思って
怖かったよ。ママのバカー」

まだ、笑いが止まらないママの体にしがみつきました。
ママは、涙を流して笑っています。
悔しい!

「グー、グ、グググー」
お腹の虫も安心したのか、さわぎだしました。

イスに座る時、また叩かれるのではないかと、
ちょっとドキドキしました。

ハンバーグを一切れ口に入れると、
肉汁がじわーっと口の中に広がります。
幸せが体中に染みわたっていく気がしました。

もうさっきまでのくやしい気持ちは消えていました。
やっぱりママのハンバーグは、食べた人を幸せにする
魔法のハンバーグです。

ぼくは、ふくらんだお腹をさすりながら、
ママの子供で良かったと、心から思いました。

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