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#1 人の心が折れる時について考えた

音声はこちら(Spotifyが開きます)

こんにちは、暇人all the peopleの考えるラジオです。
人の心ってどういう時に折れるんでしょうか。

何十年も生きてたら心が折れる時ってあるじゃないですか。でもね、どんな時に人の心が折れるんだろうなと考えたんですよ。結論がでまして、人の心が折れるのは期待を裏切られた時だと思うんですね。

人生において、もちろん自分の経験でも、周りを見渡しても人の心が折れる時ってどんな状況かって考えると、悲しい時とか悔しい時とか諦めた時とかできなかった時とか色々あるんですけど、そこに共通するのは期待を裏切られた時ですよね。

期待を裏切られたっていうと、誰かに何かされたみたいな言い方ですけど、裏切られたというよりは期待に対して結果が伴ってなかったり、例えばお子さんがいる方ならよくあると思うんですけど、一生懸命作った料理をまずいと言われるとか、旦那さんが夜7時に帰ってくるから夜7時に1番美味しく食べれるように準備してたのに、急に9時に帰ってくるとか、ご飯いらないって連絡きたりとか、せっかく美味しく食べれるように私は用意したのにっていう、これね、期待に対する裏切りですよね。期待に結果が全然伴ってない。

スポーツも一緒ですよね。一生懸命努力して1年間大会に向けて準備したのに1回戦で負けちゃうとか心折れますよね。小さい例だと、今日あった話ですけどめちゃくちゃトイレ我慢してコンビニのトイレ入ったらすでに誰かが入ってて、絶望感。期待を裏切られましたよね。僕はてっきりコンビニに行けばスッキリすると思ってたのに人入ってるじゃんっていう。

ちっちゃいことからおっきなことまで、期待を裏切られる場面って結構あると思うんですよ。この積み重ねって中々のストレスですよね。さらにこういう小さな体験の積み重ねが、自分は期待通りの結果を得られない人間なんだというネガティブなくせにまでつながったりするわけです。

これの対処法を考えまして。僕が実践してることでもあるんですけど、あ、さっきのトイレの例だと実践できてないんですけどね。

期待値を下げる

②全ての出来事は起こると思って生きる

この2つを意識するだけで変わると思うんですよね。

1つ目。期待値を下げる。期待が大きければ大きいほどがっかりします。例えばテレビで芸能人の不倫報道なんかありますけど、あれって最初から女性遊びしてそうな芸人さんが不倫したところでそんなに叩かれないのに、清純派の女優さんが不倫するとめちゃくちゃに叩かれますよね。これはもう本当に、大衆の自分勝手な行動だと思うんですけど、期待してたんですよね、あの人は絶対そんなことしない人だって。真実を見ようとしないで、自分の中で妄想を膨らませて、期待を高めた上で不倫のニュースを見て裏切られたと思うわけですね。

でもこの裏切られたって言葉はおかしくて。自分が相手に期待しすぎたことと、自分が相手の性格を決めつけたから起きたことであって、裏切りじゃないと思いますね。がっかりしたのは期待したこっちのせいですよね。

そして全てのことは起こると思っていれば、裏切られたと感じることは少ないです。さっきのトイレの話でも、トイレに人が入ってないと思ってたから「うわー!」ですけど、最初からコンビニのトイレに誰か入ってるだろうなと思って行けば、人が入ってても「ほらやっぱりね」なんですよ。

その前に話した旦那さんの晩御飯の話も、まぁね、もちろん時間通り帰ってこない旦那さんは良くないですけど、7時に絶対帰ってくると思うのも良くないですよね。まぁ7時に帰ってこないこともあるだろうと考えて、温かいご飯は自分たちで食べて、旦那には冷めたご飯を出しておこうと思えば、そこまで心折れないと思うんですよね。

難しいですか?そんなに難しくないと思いますよ。僕は常日頃からなるべく、なるべくですよ、完璧な心持ちで暮らせる人なんていないと思ってるので、全てのことに期待しすぎず、全てのことは起こりうると思って生きています。

どれぐらいのことが起こると思って生きてるかというと、目の前で喋ってる人が急に爆発して木っ端微塵になると思って生きてます。なのでちょっとやそっとのことじゃ驚かないと思います。エレベーター乗る時はケーブルキレて落下すると思ってますし、飛行機は乗るたびに墜落すると思ってますし、横断歩道渡るときは車が突っ込んでくると思ってます。そんな想像すると疲れませんか?と思われるかもしれませんが、疲れないですよ。そのほうが楽ですよ。がっかりすることがないから。

あ、もちろんたまにはありますよ。期待しすぎちゃってがっかりすることも。あるんですけど、普段からね、全部起こると思って暮らしてるとストレスは減ると思います。そんなに心配ばっかりしてると心がもたないという人もいるかもしれませんが、起こりうると考えるということは、対処法までセットで考えるってことなんですよ。不安になっちゃう人って、怒ったらどうしようで思考が終わっちゃう。そこまで考えたら、解決法まで考えるんです。なので、あぁこんなこと起こるんだろうなって思ったら、頭の中でシミュレーションするんですよ。さっき横断歩道渡る時に車が突っ込んでくると想像してると言いましたが、何パターンも避け方を頭の中で考えておくんですね。まぁいざという時に本当に避けれるかはわかんないですけどね。

子供の相手するときもそうですね。子供って大人の予測を超えてくるじゃないですか。僕は子供といるの得意で、子供が僕の想定を超えたことがないからです。目の前で木っ端微塵になった子もまだいませんし、大袈裟なぐらい想像しておくと、現実は想像を超えてこないですよ。

例えばご飯食べてる子がいたら、お茶ひっくり返すかもしれないし、フォーク投げるかもしれないし、口の周りも床もべちょべちょにするかもしれないし。子供がちゃんとお茶を飲んでくれると思ってる時に子供がお茶をひっくり返すと怒れてくるんですよ。でも最初からまぁお茶こぼすんだろうなって思ってたら、「ほらね」で終わるんですよ。なので余り期待しすぎないこと。それと全てのことは起こると思って生きること。これはね、僕は健全なメンタル維持に大事だと思いますね。

とはいえ、余り期待せずに生きると、楽しみも少なくなります。人間はギャップに刺激を受けますからね、期待してた以下の結果が出ると心折れますけど、逆に期待してたこと以上の結果が出ると嬉しいんですよねぇ。感動して泣いちゃったりするわけです。

なので前提条件、前提となる基準をどこに設定するかが健全な精神?幸福な心?の維持にすごう大事だと思うんですよ。じゃあその基準をどこに設定すればいいのかというと、そこは人それぞれです。これを基準にすればいいですよ!なんて答えはないんじゃないですかねぇ。無理やりデータ取って平均値を出すことはできると思いますけど、平均値とったところであなたの基準になるかどうかは全く別の話ですからね。

はじめてのおつかいって番組あるじゃないですか。小さい子供たちがお使い頼まれて人生初めてのお使いする、泣きますよね。子供がいるお母さんは100%泣くんじゃないかと思う番組なんですけど、僕も20歳超えたぐらいからなんて素晴らしい番組なんだって思い始めたんですけど、やっぱり子供にとっては前提条件が自分と一緒なんで、お買い物は大変なんですけど、それがすごいことだって意識ではないですよね。自分を客観的に見ることができないので、テレビの中で子供がお使いしてても、歳の近い子がなんかやってるぐらいにしか思わないですけど、大人になってから見ると、あの歳でお使いをする、1人でお買い物をするってことが大変だってよくわかるじゃないですかもうそうすると泣けてきますよね。

健気な。自分の子供に照らし合わせるとやばいしょうね。何もできなかったあの子が自分の足で歩いて、知らない大人と会話して、大きな荷物を一生懸命引きずって帰ってくる。僕の友達にはじめてのおつかい見て毎回号泣する子がいるんですけど、涙腺緩みすぎて、最近はスーパーで買い物してるおじいちゃん見るだけで号泣するらしいんですよ。笑

はじめてのおつかいって他の国の大人が見たら泣くんですかね。例えばドイツとか自立心が強い国だと思いますけど、子供も赤ちゃんの頃からお父さんお母さんとは別の部屋で寝たりね。そういう国の人が見たら感動というよりもっと頑張れって感じになるんですかね。ちょっと今度外国人の友達に見せてみましょうか。どんなリアクションするか。

あのー、考えるラジオなので、テーマからどんどん話が逸れていきます。物事って考えていくと発展していきますよね。考えた先から新しい思考が派生してまた別の話が始まって思考が広がって。思考が広がるで思ったんですけど、なんで僕らはこんなに広げたがるんでしょうか。

ちっちゃい頃から不思議だったんですけど、みんな余計なことせずに粛々と地味に生きていけば、生きていけるじゃないですか。食べ物と言えと服があれば生きていけますよね。しかも日本ってよっぽどなことがなければ仕事につけるんですよね。仕事につけない状況だったとしても生活保護ってものがあったり、路頭に迷わないための社会保障のシステムが充実してます。中にはね、社会保障すら受けられない状況の人もいると思うんですけど、一部の人たちだと思います。大多数の人は人並みに生きていけるんですよ。なのにわざわざ危ないことして怪我したり、飲み会で酔っ払ったり、海外良好に行ったり、安定した会社辞めて企業したり。

これって人間の本能だと思うんですよね。僕らが学んできた人類の歴史が正しいんんだとすると、アフリカで人間の起源が始まって各大陸に散らばっていくわけですけど、そのままアフリカ大陸にいたら良いじゃんって思いません?

日本なんて海渡らなきゃ行けないじゃないですか。すごいですよね、この拡大する意欲。何千万年。。。あれ、人類の誕生って何年前でしたっけ?人類の誕生が何百年前か何千万年前かわからないですけど、ずっと拡大し続けてるわけじゃないですか。地上制覇して、空飛んで海の底に向かったり、そして今僕らは宇宙に向かおうとしてるんですよね。イーロンマスクが発表した計画で、火星にコロニー作って死ぬまでそこで暮らす人募集し始めたりね。うーん、違う惑星への移住ももう夢物語ではないですよね。生きてる間に実現するんじゃないかってレベル。なんで人間はこんなに拡大したがるんでしょうか。

拡大といえばね、DNAを構成してる塩基構造。アデニン、グアニン、シトシン、チミンって4つの塩基構造の組み合わせで僕らの遺伝情報は決まるわけですが、これも興味深いんですよね。皆さんDNAの二重螺旋構造って見たことありますか?一度は見たことあると思うんですけど、あれって端っこがフリーになってるじゃないですか。わかりますか?2本の鎖がネジネジ螺旋状に絡まって、終わりはプラーンってなってるじゃないですか。老化っていうのはこのDNAの端っこのテロメアってやつが短くなっていくと老化していくんですけど、例えば大腸菌とかo−157とか、細胞分裂によって増殖する種っていうのは、端っこがドーナツ状につながって輪っかになってるんですよ。螺旋状の輪っかに。そういう種は、細胞分裂なので、お父さんからお父さんが生まれるんですよ。クローンです。分身するんですよ。全く同じ遺伝情報を持った個体が生まれる。これがドーナツ型の二重螺旋構造の生き物。

でも僕らは端っこがフリーなので、こういう生き物はお母さんの遺伝情報とお父さんの遺伝情報を半分ずつかけ合わせて子供が産まれるんですね。誰がそのやり方始めたんだろうって思うんですよ。僕らは子孫繁栄して、喋ってる僕も聞いてるみなさんも何代も何代も命が受け継がれてここにいるわけですけど、不思議ですよね。お父さんの遺伝情報半分とお母さんの遺伝情報半分を受け取って子供が産まれる。これって、すごい大変なことなんですよ。さっき言ったドーナツ型の二重螺旋構造だったら、ただ分裂すればいいだけなのでいつでもどこでもできるんですよ。でも僕らの構造っていうのは、オスとメスがパートナーを見つけなきゃ行けない。すごい大変じゃないですか。さらに生殖行為をしなきゃいけなくて、それでも安全に生まれるかわからない。出産も大変で。未熟な状態で生まれてくるので育てるのも大変。

こんなに大変な思いをしてまでも、人類はこのやり方で遺伝情報を伝達する道を選んだんですよね。なんででしょう。っていうか最初に誰が決めたんでしょう。進化論では46億年前に地球が誕生してから、いろんな過程を経て今の人間の姿にたどり着いたと言われてますけど、僕的には途中で宇宙人が登場したと思ってるんですけどね。だって46億年ほったらかしにして自然にこの生物できますかって思うんですよ。

僕は宇宙人だと思ってますけど、二重螺旋構造の始まりはわからないとして、こういう仕組みでスタートさせたわけですよね。てなると、ゴールはどこなんだろうと思うんですよ。東洋医学的な考えで、陽が極まったら陰がが始まって、韻が極まったら陽が始まるという考え方があるんですけど、この4次元時空という世界で時間の流れがある以上、停止している、変化しないという状態はあり得ないんです。人間が認識できないだけで存在はするのかもしれないですけど。って考えると、絶え間なく情報のリレーが続くならどこかに終わりがあるんですよね。始まったものは終わって、終わったものは始まるのが自然のサイクルだと思うので。そう考えていくと、宇宙人は人間が進化した姿だと思うんですよ。

このまま二重螺旋構造での情報伝達が進むと、最終的に全員同じ姿形になるはず。わかりますかね。例えば肌の色を見ていくと今世界中に色んな肌の色の人がいますけど、二重螺旋構造の性質上、極端な色はどんどん減っていくはずなんですよ。真っ黒な肌の人と真っ白な肌の人の子供は黒と白のグラデーションの中間色になるわけで。てことは、こうやって色々な肌の色の人が情報伝達を繰り返していったら、何年かかるかわからないですけど最後はみんな同じ色に落ち着くと思うんですよ。

でも今喋りながら思ったのが、二重螺旋構造のいいところって言うのは、1人1人が違う遺伝構造を持つってことなんですよね。なのでHIVウイルスみたいな強いウイルスに対して絶対にかからない人が存在するんですよ。コロナのデルタ株に対しても、世界に1人は絶対感染しない遺伝情報が組み込まれてる人もいるはずなんですよね。つまり病気が流行ったり異常気象が起きたとしても、人類が絶滅しないために誰かが対応できるようになってるはずなんですよ。

ってまた喋りながら思ったんですけど、まだ僕らが解明できてない同じ種の連絡手段ってあると思うんですよね。テレパシーなのか、クラウドみたいにあの世と魂が連絡してるのかわからないですけど、そういうのがなきゃ色々辻褄が合わないと思ってるんですよ。研究してる人からしたら辻褄が合うのかもしれないですけど、例えばコロナウイルスに対して僕らがワクチン作るじゃないですか。するとワクチンが効かない新しいコロナウイルスが生まれるんですよね。さらに新しいコロナウイルスにワクチン作ると、また新しいの生まれるじゃないですか。

これが直接ワクチンを体験したウイルスだけに変異が起こるならわかるんですけど、世界のあちこちでほぼ同時期にワクチンに対応する新しいウイルスが誕生したら、それは目に見えない情報伝達手段があるのかなって妄想してます。だって、仮に同じワクチンを体験したとしても全く同じ変異が起こるのは自然現象としておかしくないですか?実際どうかはわからないんですけどね。

ってね、考えながら気づきましたけど、考えるラジオなので終わりがないですね。1つの考えから次の考えが発展していって。また次の考えが発展していって。っていう。なので思ったこと全部口に出していったら終わらないですね。なので次回からは質問に答える形にしていきましょう。そうすればきっと終わりどころが見つかるはず。

今日は終わりどころが見つからないので、今外に干してある洗濯物が強風で落ちたので、それを拾いにいくために終わりたいと思います。最後まで聞いていただいてありがとうございました。考えるラジオでした。


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