#32 愛に咲く花

中学3年生、夏。僕は文化祭がある珍しい中学に通っている。クラスで屋台を出し、焼きそばの店を出店することになった。僕は焼きそばを焼く担当になった。白いタオルを頭に巻き、焼きそばを焼いていた僕の横に、同じクラスのSがやってきた。

「ほら、もっと手を早く動かす!」

僕は『お、おう。』と言い、Sに従う。Sが横にいる。正直、焼きそばなんかどうでもよかった。でも、焼きそばのおかげでSが僕の横にいる。焼きそば、ありがとう。後でジュース奢るよ。

文化祭が終わった後、一発目の体育は朝からサッカーだった。窓からSが見ているような気がしたが、気のせいだった。僕は味方の急なボールに反応してゴールを決めることができた。体育とはいえ、ゴールを決めたらいつでも嬉しいものだ。

帰り道、Sと二人で柄にもなく缶コーヒーを買った。苦さに顔が歪んだ。120円は苦味へと変わってしまった。二人で並木道を歩いていた時のこと。

「ねぇ、J、今日サッカーでゴール決めてた?」

Sが見てた気がしたのは本当だった。しっかり見てくれていたのだ。

「窓から見てた。授業、退屈だったからさ。
かっこよかったな。」

これに関してはたまたまだった。QBK(急にボールが来た)だったが、僕はうまいことボールに反応することができた。本当にたまたまだ。

「ねぇ、Jは好きな人いるの?」

Sがふいに放った一言に、僕は言葉が詰まったが、Sはどうなんだ?、と聞き返してみた。

「私はね…いる。私と同じ高校目指してる人。
だから私、本気で頑張るんだ。」

そっか…。そうか。Sは好きな人がいるんだな。僕は心を誤魔化して帰路についた。

家に帰り、庭の花に水をやりながら、過ぎゆく時の速さを感じた。虚しい気持ちを抱えたまま目を瞑るが、眠れない。僕は寝る前の時間が嫌いだ。Sと同じ高校に行きたいな。そう思い続け、英単語帳を読みながら寝落ちするのが僕のルーティンだ。

僕はよく嘘をつく。他人にも、自分自身にも。恥ずかしさを捨てることができない。恥ずかしさを、“嘘”という形で表に出してしまうのだ。果たしてSは僕のことをどう思っているのだろうか。気になって眠れない日々が多い。まぁ、それは大袈裟なのだが。

もうおわかりだとは思うが、僕はSのことが好きだ。Sとは幼馴染で、いつも一緒だった。勉強するときも、先生に怒られるときも、砂場で遊んだときも、ハンバーガーを食べたときも。全てが最高の思い出だった。だからこそ、同じ高校に行きたかった。学力的には、Sの方が上。僕にとっては少しレベルの高い高校にチャレンジすることになるが、全力で受験勉強を頑張った。あとは、本番で結果を出すだけだ。


受験当日。最後まで粘り力を出し切った僕は、一人で歩いていた。駅に着いてすぐ、ホームで電車を待つSを見つけた。

「あ!Jじゃん!お疲れ!どうだった…?」

正直、あまり自信がない。Sは笑顔だった。相当自信があるんだろうと思う。

「私、めっちゃ自信あるよ!」

予想通りだ。目がキラキラしている。

「そっか。自信ないのか…。まぁ、大丈夫だよ!
Jなら大丈夫!缶コーヒー買ってくるよ。」

いつかSと一緒に缶コーヒーを飲んだ日から、僕は缶コーヒーが好きになった。Sの励ましが、胸に刺さった。刺さりまくった。

家に帰り、庭の花を眺めながら思った。ここ最近の僕は、僕じゃないみたいだった。Sのことしか見えない。受験する高校も、Sが目指しているから、という単純な理由だった。笑える話だ。Sのせいだ。どうやったってSの笑顔が心に浮かぶ。受験、うまくいってますように。


合格発表の日。掲示板に張り出された大きな紙の中から、Sと一緒に自分の番号を探す。Sは自分の番号を見つけ、目に涙を浮かべた。そこに僕の番号は、無かった。僕は俯いて何も言葉が出なかった。Sにおめでとうさえも言えなかった。その日はすぐに家に帰り、感情がわからなくなった僕は泥のように眠った。Sの複雑な表情が忘れられない。


卒業式の日の朝。僕は庭の花に『行ってくるね。』とだけ言った。花は笑顔だった。成長していく僕を見守ってくれているような気がした。

卒業式の後、僕はSと話していた。

「Jのおかげで毎日楽しかった。
思い出いっぱい。」

そんなこと思ってくれてたのか。でも、この先はもう一緒じゃないんだよな…。僕はまた心を誤魔化しそうになった。

「ちょっと待って!遠く離れるわけじゃないん
だから!悲しいこと言わないで!」

Sの目には涙が浮かんでいた。確かにそうだよな。Sがいない高校生活、僕は心配しかない。不安で不安で仕方ない。Sはそんな僕に

「Jなら大丈夫だよ!」

としきりに言ってくれた。嬉しかった。

「はぁ…。Jとお別れなのか…。嫌だなぁ…。
ずっと一緒だったし…。私ね、Jと同じ高校に
行きたかったんだ。Jのことが…好きだから…。」

僕は突然の告白に驚きを隠せなかった。まさか、Sが僕のことを…。。。僕はSに『僕もだよ。』と勢いで言ってしまった。Sの前で初めて素直になれた。

「知ってた。J、わかりやすいんだもん。」

Sには全てお見通しらしい。僕はあのとき言えなかった“おめでとう”をSに伝えた。僕は自分に嘘をつくのをやめた。心を誤魔化すのをやめた。

「ありがとう。嬉しい。この先、辛いことも沢山あると思うけど、Jなら大丈夫。Jはすぐに
自分に嘘をつくんだから。Jなら大丈夫。
何度も言うよ!もっと自分に自信を持ってね!」


中学生としては最後の日。僕は涙が溢れた。瞳を濡らしたSは、僕の胸の中で頭を揺らした。これから先も、Sは生きていく。僕も生きていく。ただ歳をとることがつまらなく感じないように、僕は強く生きていこうと思った。


家に帰り、僕は庭の花に話しかけた。そういや、お前に名前つけてなかったな。と。


僕は儚く揺れるその花に、“liar”と名付けた。

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