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【散文】祖母

 二年前、久方ぶりに老人ホームに居る母方の祖母に会った。このご時世で中々会う事が叶わなかったから、僕は祖母がどんな反応をしてくれるか楽しみだった。
 僕や弟にとっても優しくしてくれた祖母。大晦日は毎年祖母の家に泊まりに行って、祖母と僕と父と母と、弟が産まれてからは弟も、紅白歌合戦を見ていたっけ。祖母の布団で一緒に寝た事もあったと思う。元気だった頃の祖母は、換気扇の下で煙草を良く吹かしていた。煙草の灰を流した後の台所は少し臭くて、でも、それも祖母の家という気がして、嫌いじゃ無かった。それ程に大好きだった祖母。
 でも、その反応は僕の予想を大きく裏切るものだった。
「どちら様?」
 祖母は僕も僕の弟の事も覚えてはいなかった。
 母が、「孫だえ、お母さんの」と言うと、祖母は「こんなに大きくなっただか」と顔を綻ばせて喜んだ。流行り病で会えなくなるまでは頻繁に会っていたのに。こんな数年で忘れられるなんて。
 祖母との対面が終わってから、僕は悲しくなって泣いた。母も泣いていた。祖母と僕達の時間は、僕達の幼かった頃のままで止まっている。
 だけどこう考えてみる。祖母の中では、まだ幼い僕達が生きている。
 その頭の中で僕達は、祖母の家の周りで泥遊びをしているかも知れない。近くの用水路でドジョウを捕っているかも知れない。僕が弟と喧嘩をして、取っ組み合いの喧嘩をしているかも知れない。もしくは皆んなで、ほかほか弁当の唐揚げ弁当を食べているかも知れない。
 祖母の覚えている僕達が、元気そうだったらそれで良い。だって、今の擦れた僕達の姿なんて、とても見せられたものじゃないんだから。
 だけど、もしも願いが叶うなら、もう一度祖母とちゃんと話をしてみたいと思うんだ。祖母の頭の中でぼやけてる僕達じゃない、今を生きてる僕達の姿をはっきり見てもらいながら。

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