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9/19 聞かない話術

「っすかねぇ〜!……え〜ぃ」

この「え〜ぃ」というのは、僕が今回のホスト体験入店で習得した、話の「締め」だ。「。」と似たようなものだと思って欲しい。

たとえばこんな風に使う。

先輩ホスト「へぇ〜じゃあ普段って何して遊ぶの?」

僕「渋谷が近いのでまぁ、ダーツとかボウリングとかしますねぇ〜!……え〜ぃ」

何?と思われるかもしれないが、これが意外と馬鹿にならない。あると無いとで大違いだ。ホストというのは「褒め言葉」「盛り上げ」「司会力」といった多彩なコミュニケーションスキルを使って仕事をしていくわけだが、僕は「挨拶」「感謝」くらいしか持っていない。そこで今回「締め」を手に入れたわけだ。

これを磨くと上位互換のスキルである「オチ」が使えるようになる。あと僕は普段渋谷でダーツとかボウリングをしない。誰かしませんか?とにかく沈黙の時間を作ってはいけない!と思い、無我夢中で喋っていたら無限に嘘をついてしまった。たとえば今度合コンとクラブに行くとか。誰か行きますか?

私と12人のホスト

そのホストクラブは道路に面した一階にあり、それだけに新規の客が入りやすく新人ホストでも指名が割とつくのだという。ついでに結構落ち着いた雰囲気があって、そんなに「ホストクラブ!!!!」という感じでもないという話を事務所で聞き、そこで体験入店させてもらった。

こんな感じだった。

といっても、その日は前日と翌日の両方がイベントだったため客はあまり来ず、僕が実際に接客したのは一人、それも10分程度だった。あとはVIPルームで(なぜか僕の待機場所はVIPルームだった。ロッカールームとかで良いのに……)、その店のホストたちに自己紹介をしたり、彼らと雑談などをしていた。

代わる代わるやって来るからホストの名刺を12枚手に入れた。

皆良い人でした。


やはりとにかく話が上手いし優しいしで、「ホストクラブに男装して潜入する乙女ゲーの主人公ってこんな気持ちなんだろうな……」と思った。(そんなのあるのか?)あと、サークル全員口が上手いスーパー新歓コンパみたいだなと思った。入会せざるを得ない。危なく入店するところだった。なんだか将来も決まらないし案外良いのか?ホストになって学費を稼ぎたい。

いざ、卓へ。

「じゃあ、そろそろ入ってみようか」と言われて卓へ向かう。事前に先輩からルールを教わる。

まず、席に着くときは姫(女性客)に「失礼します」、酒をもらって「いただきます」(これは姫と、姫の指名したホストの両方に)と言って乾杯、卓を離れる際はもう一回姫に乾杯して「失礼します」……違ったかもしれない。緊張していたので正確なルールは覚えていない。緊張のあまり酒を残したまま卓を離れようとしてしまった。先輩がフォローしてくれた。

卓では相槌とか打って笑っておけば良いのかな……?と思っていたのだが、案外僕に話を振ってくれた。こんなに僕が喋って良いのか……と思うほど喋ることになった。たとえばこんな感じ。

先輩「え〜めっちゃ良いとこ住んでんね〜。じゃあさ将来的に、都会だけどマンションの一室、郊外だけど一軒家……これどっちが良い?」

「え〜ぃ」で締めた。先述した通りこれが僕の会得したコミュニケーションスキル「締め」である。ほんとに締まってるか?

今思うと、先輩から話を振られた僕がちょっと喋って、そこから姫に話を振る……みたいな感じで行くべきだったのかもしれない。そうすれば良かった。……そんな後悔は尽きないがまぁ、一応そこまで大きな失敗はなく終わることができた。「もう戻って来て良いよ」と言われ、慌てながらVIPルームに戻り、また先輩たちと喋った。

コミュニケーションスキルの差

話は逸れるが、初めて会った人に「いま大学4年で……」と言うと必ず「あ、そうなんだねぇ〜。就活とか大変だね」「卒業したあとってどうするの?」と返される。

僕はその度になんか微妙な顔をしながら「インターン先にそのまま就職したかったんですけどそこリストラ?されちゃって〜、どうしようかな〜って笑」とか答えている。たまに「インターン先にそのまま就職します!」と言うこともある。完全な嘘だ。……そもそも卒業が危ういかもということは、めったに言わない。

この日会った初対面のホストたちは、誰もそれを聞かなかった。それは少し意外で、ありがたかった。

答えにくい質問を当たり前のように振られるのは、嫌ではないけど「相手に気を遣わせちゃ悪いな」と思って少し疲れる。昔からの知り合いや大学の同期、後輩とかなら正直に答えたところでそんなに驚いたりもしないだろうし、別に構わないけども。しかし、どうして彼らは僕の進路について何も聞かなかったのだろう?

それは、職業病のようなものだったのかもと思う。ホストクラブにやってくる客の中には、言いづらい事情を持つ人もちょくちょくいる。だからこそホストは、相手の過去だとか、未来だとかについてあまり詳しく聞いたりしないとどこかで読んだことがある。

ホストにあまり良い印象が無い人であれば、彼らはノリだけの薄い会話で客を楽しませている……と考えているかもしれない。しかしそれは、「相手に関する情報」にあえて手を伸ばさないことで、傷つけることなく楽しい気持ちになってもらう工夫なのではないか、と思うのだ。相手のことをほとんど何も知らないまま、会話だけで楽しませることがどれほど難しいだろうか。それを可能にするコミュニケーションスキルは、やはりプロの業としか言いようがない。

そういうわけで、初対面の12人が誰一人として「大学四年生」の僕に就活のことを聞かなかったのがなんとなく嬉しかった。……もちろん、彼らが意識してそうした、とかではないだろう。

けれども彼らが一人、また一人とやってきて僕と話し、そして最後まで進路については触れずに席を離れていくたびに、緊張しか感じなかったVIPルームが居心地の良い場になっていったってのは……まぁ、結構あったと思うんですよねぇ〜!……え〜ぃ。


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