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4/4 新年度だし、マルチ商法で人生優勝しようぜ!


バイナリーオプション、という投資がある。

「一定時間後に、ある基準より円が安くなっているか/高くなっているかを予想し、それが的中すれば儲けることができる、という仕組み」

よくわかるバイナリーオプション(図解)

……だったと思う(この説明あってるか?)。

一見、安いか/高いかを当てるだけのシンプルで簡単な投資に思えるが、それを素人が精緻に予想するのは難しい。

なら、その二択を高い精度で予測する「バイナリーオプションでの勝率を上げるツール」を49万円で購入すれば良い!!!!……え、君って大学生?バイトとかやってる?月どのくらい稼げるの?あ〜……まぁそんくらいが普通だよね(笑)。

もっと稼ぎたくない?

もちろん、稼ぎたいさ!

じゃ、やっぱりこれを君に売ってあげよう!!!!

……みたいな商法がある。これが悪質かどうかは皆さんの判断にお任せするが、はっきり言ってこんなのは「当たりの出そうなパチンコ台を探し当てるセンサー」みたいものだ。売っている人間はろくでもないし、大抵の人間は怪しんで買わないだろう。

しかし「バイナリーオプションでの勝率を上げるツール」とかなんとか、よくわからないことを言われると人は……特に金が欲しい盛りの大学生は案外騙されてしまうのである。友達や先輩からの紹介なら尚更だ。

というわけで、今回は「バイナリーオプションでの勝率を上げるツール」を売りつけてくる悪質マルチ商法グループについて、自分の体験を踏まえて書こうと思う。彼らが狙うのは、新大学生のような若くて金や仲間やコミュニティを欲しがっている若者だ。現在、4月初め。今書かずしていつ書くのか。

マルチ商法グループ「株式会社General」

ある日、高校以来の友人から「友達がマルチ商法に引っかかったっぽい!」というLINEが来た。彼とは以前、渋谷で勧誘された統一教会の集まり(ワクワクセミナー)に参加してみたことがある。そのせいか僕のことを「珍しい集まりに興味があるやつ」だと思っているらしい。彼曰く、こういうことだった。

「友人が、大学の先輩から誘われたという変な「投資の集まり」に参加している。俺も誘われたので、とりあえず話だけでも聞いてみようと思って一緒にzoomをしたがやっぱり怪しい。あれ絶対マルチ商法だわ

その場では「ふーん、大変だ」と流したのだけれど、後日ちょっと気になって連絡してみた。

オンラインはきらい。

マルチにひっかかっている本人(以下、Aさん)と繋げてもらい、後日新宿で会うことになった。マルチ商法グループの名前は「株式会社General」、天本隼人という男が代表を務めているらしかった。

ROUND 1

面識こそなかったが、Aさんと僕は一応同じ高校の出身だ。なので、お互い名前だけはなんとなく聞いたことがある。初対面がこれかぁ……という感じだが仕方ない。新宿駅南口でAさんと落ち合い、マクドナルドに入った。そこでしばらく……40分ほどだろうか。「松永」という男を待った。Aさんをこの集まりに引き入れた当人である。

30分ほど経つと、松永がやってきた。髪をかなり明るい茶髪に染めた、人当たりの良い地元の先輩といった感じの松永は「うぇす!ぇすぇす……」とあいさつしながら僕の前に座った。

「あっあの、今日Aさんに紹介してもらって来たんですけど、え、あんまりすいません急に、初めまして……」

と喋りだした僕に、松永は「いいじゃん」といった。

何がいいじゃんなんだと思っていると、Aさんが松永に僕のことを軽く紹介してくれた。すると松永が「えー、めっちゃ面白そうな子じゃん、いいね」と言うので僕はすっかり嬉しくなった!ありがとう、松永!

さて、松永は早速自分たちの商品について説明を始めた。商品というのはもちろん、例の「バイナリーオプションでの勝率を上げるツール」である。どうも、売ろうとしているモノ自体は単なるUSBメモリーらしいのだが、その中にソフトとして保存されているのが「ツール」だというのだ。その名も「NBシステム」。値段はお安く49万円だ!松永……?  

僕「やっぱり結構高いですね〜」

松永「うん、でも学生ローン入ればそのくらい大丈夫だよ?

僕「え」

松永「一緒に行くよ👍」


「学生ローン」ときた!正直舐めていた。金ないんですよすいません〜!って言っときゃワンチャン断れると思っていた。そこまで甘くはなかったか。しかし、まさか借金させられて買わされるルートがあるとは。話を聞くと、Aさんも学生ローンを組んだらしい。マジか!

「とりあえずもうちょっと話聞いてから……」とかなんとか松永をいなして話を一区切りつけると、Aさんが松永に「そろそろ行きますね」と言った。

そう、今日話すのは松永だけではない。場所を移し、今度はマルチグループの「知性派」だという男、中里のところに行くのだ。

松永が書いてくれたメモ。

ROUND 2  

松永と別れ、Aさんに連れられやってきたのは新宿ワシントンホテルだった。中里はここのカフェにいるのだという。マックとはえらい違いだ。

Washington…♪

さて、松永のときもわりと待たされたが、それはこちらでも同じだった。ホテルに到着してからしばらく、僕とAさんはロビーで待機し、中里からAさんに連絡が来るのを待った。Aさんからは事前に「忙しい人に時間とってもらうことになるから、ドタキャンだけは絶対ないようにお願い!」と言われていたが、案外マルチの人間というのは忙しいのかもしれない(単なる演出かもしれないが)。

中里からの連絡を待っている間、僕はAさんに問うてみるべきなのか迷った。

あなたは騙されているのではないか、あんなツールに49万円の価値はあるのか。現にあなたは、そのツールを使ったバイナリーオプションの取引で、半年経ってもほとんど元を取れていないではないか、と。しかし、仮にこんなことを言ってもあまりAさんの心は揺らがなかっただろうと思う。理由は後述する。

オシャしゃw

中里からAさんに連絡が入り、僕たちは彼の待つカフェに入った。

……きっと「時短」と「効率」が口癖だろうという感じの男がいた。いかにも若手のイケイケビジネスマンといった風体で、頭はジェルでガチガチな上に目はギラギラだった。「パンピーと一緒のままって嫌じゃないすかw副業がウーバーイーツとかって普通に違くないすか?バイオプやりましょうよ!ねぃぇっw」とか言ってきた松永とは、だいぶと雰囲気が違う。中里は冗談混じりの雑談から僕との会話をスタートさせたが、目があまりにギラついていた。

ギラギラ

雑談の後に中里が説明してくれたのは会社自体の概要、そして49万円のツールに付属する「特典」についての説明だった。

「特典」に関しては松永も微妙に触れていたのだが、49万円払って手に入るのは「バイナリーオプションの勝率を上げるツール」だけではないのだ。もれなく、中里や松永、Aさんらが所属する「投資コミュニティ」に参加する権利がついてくる。
そこで上級者から「ツール」の使い方指南を受けたり、月に数回開かれる勉強会や講演会、「凄い人たち」が集まるパーティへ参加することが可能になるのだ。

49万円を払ったにも関わらず、バイナリーオプションで稼げる見込みのさほどないAさんが、そしておそらく他の参加者たちが「損した」と感じない原因はここにある。

大学では教えてくれないお金についての知識を学び、成功者たちとの繋がりを得ることができる「投資コミュニティ」への参加。それにこそ学生ローンを組んで大金を払う価値がある、と彼らは考えている。だから「騙された」とは思わない。あるいは「騙されていない」と思うことができる。

「投資コミュニティ」では、経済のことや社会のこと、その他学校では教えてくれない「人生を攻略するために必要なこと」が学べる、中里はそう言っていた。Aさんも、ツールではなくコミュニティに価値があるのだと力説した。「社会に出たとき、ここで勉強したことが必ず役に立つ」のだと。

FINAL ROUND

中里からのレクチャーを受けたあと、僕とAさんは再びマックに戻った。待っていたのは松永だった。まさかの再戦だ。

もちろん、松永としては僕を入会させ、49万円のツールを買わせたい。ただし、決して直接的に「買ったら?」「買いなよー」といった言葉は使わない。これは「マルチ商法を合法的に行う上での規制」に引っかからないために、だ。ご存知の方も多いだろうが、マルチ商法というのは決して違法性のある商売ではない。

マルチ商法、正しくは「連鎖販売取引」と呼ばれるこのビジネスは、当然問題を多く抱えるが故にさまざまなルールによって厳しく規制されているものの、決して存在自体が法律違反というわけではない。暴対法でいくらガチガチに規制されても、ヤクザがヤクザであるというだけで逮捕されないのと同じである。

マルチ商法事業者に課せられたさまざまなルールについては以下のリンクがわかりやすい。興味があれば確認してほしい。

さて、あらゆる規制でがんじがらめにされたマルチ商法事業者は「契約の内容を隠して取引する」「嫌がる相手を強引に契約させる」といった明らかにアウトなことは出来ない。しかし、そうすると契約を結べない。では、どうするか。

僕「やっぱり……高いじゃないですか」

松永「まぁねぇ?……お金ないんだっけ」

僕「そうっすね」

松永「そしたらさ、学生ローン組めるしさ。あーでもねぇ、まぁちょっとね?怖いよね、借金とかね」

僕「そうっすよ〜」

松永「まぁいやでも一回払っちゃってもさ、クーリングオフとかできるわけ」

僕「え」

松永「契約して20日の間ならいつでもクーリングオフして全額戻ってくる*からさ、一旦契約して、ちょっと集まりとか参加してみて、そんでやっぱ良いかなーって感じならやめれば良いじゃん?」

僕「いやぁ〜まあでも今更ですけど僕全然こういうのやったことないし正直上手くいかない気がするんですよね……」

松永「Aさんもそんな感じだったよね」

Aさん「そうですね〜……あぁでも、全然気が進まなかったから辞めといて良いからね」

僕「あ〜」

松永「そうそう」 

僕「……」

※ (通常の商品であれば「8日」がCO期限だが、マルチ商法、すなわち連鎖販売取引の場合は「20日」となる。)

沈黙。

僕「……でもなんだろう、やっぱり今日松永さんとか中里さんの話聞いて、ちょっとそんな興味ないかなって思っちゃったんすよね」

松永「バイナリーオプション?」

僕「ぁす」

松永「あーね。でも勉強会とか講習会とかさ、むしろそっちな訳、ここの価値って。俺もぶっちゃけ49万円そこに払ったと思ってんのね」

僕「あ〜はいはい。いやそうなんすよね」

松永「そうそう。中里さんとかさ、あの人もめっちゃなんかそのアレ、切れ者?wっていうとアレだけどね、そういう人だし、パーティとかめっちゃ凄い人他にもいっぱい来るしさ、そういう人からの話聞けるのって凄い得じゃん

僕「ぁす」

松永「……」

沈黙。

松永「今日話しててめっちゃ面白いかったしさ、ぶっちゃけ会わせたい人とかいるわけよ。〇〇さんとかね、会ったら面白そうじゃない?」 

Aさん「ですね〜」

松永「え、めっちゃ気になるんやけど。絶対面白いことなるわ」

僕「え!?面白いって僕のことですか!!」

松永「いやそうそうめっちゃ好きだわ〜」

僕「マジですか!嬉しいですね〜!」

松永「だから良かったらどうかな〜って思うわけ」

僕「ツール?」

松永「そそ」

僕「ぁす」  

松永「……」

沈黙。

沈黙に続く沈黙、正直気まずい。しかし49万円のUSBなど買うわけにもいかない。だが拒絶しようにもそこは相手もプロ、こちらが思いつくような懸念・質問・反論は当然対策済み。華麗にいなされ、拒む理由を一つまた一つと潰される。いいくるめてやろうなんて思ってる奴ほどカモである。

さて、どうにか断ろうともがいているうちに「僕が契約しないと話が終わらない空気」が作られてしまった。これこそが規制の抜け穴、無言のプレッシャーで契約へ導く落とし穴である。この圧倒的空気醸成力によって、何人もが49万円でちっこいUSBを購入したのだろう。笑いごとではない。コミュニケーション能力とはすなわち空気醸成力のことなのだ。

僕もこの空気にはまいった。流石に契約するという選択肢は無かったが、ダッシュで逃げようかとなんどか検討した。

ふと気になって、こう尋ねてみた。

僕「ここで僕が契約した場合、紹介したAさんにもなんかバックとかあるんですか?」

松永「あぁそうね、紹介料って形である程度

Aさん「……」 

そういうことなのだ。Aさんは、ツールを使ってもバイナリーオプションで49万円の元が取れない。勉強会や講習会自体は意義あるものとして参加しているが、マイナスであることには変わりないし、ローンの利息もどんどん増えていく

であれば、どうにかして金を稼ぐ他ない。だから新しいメンバーを勧誘し、その紹介料を受け取る。これが組織拡大のカラクリなのだろう。

Aさんには気の毒だが、同じ道を辿るわけにはいかない。かといって説得的に契約を拒む方法はもうないし、下手に何か言っても空気の圧が強まるだけだ。ならもう、理屈とかではない。理屈では対抗できないと思った僕は、こう言った。

「なんか……ワクワクしないンすよね」

字面では伝わりづらい“感じ”を確認してもらいたいので、ここは音声で聞いていただこう。

……という感じで断った。皆さんも断り文句に困ったときは「ワクワクしないンすよね」、理由を聞かれたら「要はエナジーの問題ッすね」と返すことをお勧めする。

こうしてなんとか松永を押し切った僕は「いやでも今日話せてめっちゃ良かったです!ありがとうございます〜!」と叫んでマックを後にした。

RESULT

帰り道、「大学は本当に必要なことを教えてくれない」という感覚について考えた。Aさんが49万円を投じた「投資コミュニティ」は、まさにそう感じる人のニーズに応えるものとして存在しているからだ。

この問題は時折「文系学部って要らなくね」論としても度々話題になる。学ぶ内容がそのまま仕事に直結する医学部や薬学部、情報系や理工系の学びに比べ、たとえば「権力」というものの在り方を分類することが何の役に立つのだろうか

僕が突然、座面が浅く背もたれのないマクドナルドの椅子を指差す。

僕「この椅子は、わざと座り心地を悪くして客の回転率を上げる効果がある。我々に意識させることなく我々の行動に強制力を持たせているという点では、環境管理型権力と言って良いでしょうな」

Aさん「そうなんだ……」

松永「おもろ」

全然役に立たなそう。

このように、大学で学ぶ大半の学問は一見役に立たなそうな感じがする。少なくとも「うわ〜めっちゃ学ぶ意義あるわ〜」と思っている学生は少数派だろう。十分に単位を取って卒業し、新卒カードを手に入れることを主な目的として授業を受ける学生の方が圧倒的に多い。

そんな学生たちの前に、社会に出た時に役立つ「本当に必要な知」を摂取できるコミュニティがあったら。真面目で人ほど惹かれてしまうのではないか。事実、Aさんは別に「めっちゃ稼いで成功したいぜ!」というようなタイプではない。むしろ金銭的成功には無頓着そうに見える。だが、そういう人間こそカモなのだ。「真面目な人ほど騙されやすい」という定型文があるが、これは別に「真面目な人は素直で他人を疑わないから騙されやすい」ということではない。

大学を出たら就職して、自立して立派に稼がなければならない──そう考えているからこそ、大学の授業にも「これって将来の役に立つのかな……?」と疑問を抱き、より人生に必要そうな学びの場を求めてマルチのコミュニティに参加してしまう。かといって大学が、実用的な知を提供することを主目的とした場になるべきだとは思わない。ただ、大学が提供する知の多くが「実用性を感じさせない」ものであり、その感覚によって生まれたニーズにつけ込まれている学生が多い、というのもまた事実なのだ。

「大学は本当に必要なことを教えてくれない」精神とは別に、もう一つ印象に残ったのが「考えるより行動しろ」精神だった。僕が「いやぁ、もうちょっと考えたいですね……」「一回持ち帰って考えたいです」という類の断り文句を口にするたびに、松永は「考えるより動いてみよ?」的なことを言ってきていたのだ。ただ、この「考えるより行動」精神を最も強く感じたのは松永でも中里でもなく、Aさんだった。

この日、何度かAさんと僕でで雑談をするタイミングがあった。しかし二人の共通の話題というと、今回の話をLINEで持ってきた友人についてくらいしかない。彼は高校卒業後に三浪しているのだが、決して一般的な浪人生活ではなかった。塾には行かず、模試も受けず、家を出て一人で暮らし、自習をする生活を送っていた。そしてその期間、とにかくあらゆるトピック(教師は生徒にとってどんな存在であるべきか、コンプレックスとの向き合い方、などなど)についてブチ切れたり、考えたりしていた。

彼は3年間、たびたび僕に突然電話してきて意見を求めたり、議論を持ちかけてきていた。はたから見れば「考えても仕方ないことをグダグダ考えているやつ」ではあるのだが、そういうところが良いなと僕は思っていた。そんな彼の話になったとき、Aさんは「ずっと考えてるより、とりあえずやってみたら良いのに」と言った。「まぁでもひたすら考えてる期間ってのもあって良いんじゃない?」とか当たり障りのないことを返したのだが、Aさんは納得いかない様子だった。それまでは割とゆるい雰囲気で会話していたAさんだったが、これに関してはなんだか頑なだった。

Aさん「考えてる時間もったいないって。何でもやってみないとわかんないよ。私がこれ(バイナリーオプションのツール)買ったのもそういう理由だし」

僕「(それで49万溶かしてるじゃん……)」

「考えるより行動」の精神、まぁ大事なのかもしれないが……という感じだ。行動力があると良い経験ができるのは事実。実際、マルチ商法グループの話聞きにいったら面白かったし。

……余談だが、Aさんはこの4月から地方に就職が決まっており、そこで新生活を始めるらしい。ローンは返していくしかないが、これ以上マルチとズブズブになることはないだろう。



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