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「私貴方への好きを辞める」

バイトの帰り道
自転車を持っていなかった私は歩いていた。
電話から聞こえる声に愛しさが溢れた
歩く歩幅が弾む声と同時に早くなって

「私、今貴方に会いたかった」

そうやって嘘をつくのが苦手な
私の口から出てくる本心

無性に貴方に会いたかった。
 

貴方から電話が来た時、私は丁度貴方のことを考えていた。

だからスマホ画面に貴方の名前が表示された時飛び上がるように嬉しかった

貴方から電話が来た時、私が居た場所は、あの日別れ際私が離れたくないと駄々をこねてキスをした場所だった

貴方は知らない

あの日の帰り道、私は幸せで思わず泣いてしまった
幸せだから泣いてしまった。

いつまでも続くはずがないと知っていたから泣いてしまった。

その時は自転車に乗っていて、冷たくなり始めた風が私の頬を撫でる

坂を駆け抜けていく時
目の前がぼやけていく

幸せだな、と思った

幸せだと思ったから泣いてしまった。

私は心の何処かで気づいていた
あの時間が今しかないってこと

きっともう二度と来ない時間なのかもしれないということ

貴方が淡々とした口調で話す

「俺は何十人の人生がかかっている」

そうやって吐き出した貴方の言葉に私は悟った

ああそうか もう 終わりなんだな

あんなに弾んでいた足が立ち止まる

「…うん」

「危ないことだったよ、俺とお前は立場がある」

そんなこと、わかってるよ

心の中の私がそうやって言う。 

「うん」

やばい、泣きそう
そう思った時にはもう遅かった

貴方に気づかれないように私は涙がぼろぼろと零れていくのを必死に抑えて

息を静かに吸って吐く

何故かいつも幸せだと思った後には

貴方の言葉で現実に引き戻されていく。

貴方はいつもそうだね。

だから私は貴方のことをずるいと言う

だから私はこんな世界が心底嫌だと思った

私たちは法律に触れる悪いことをしていない。
傍から見ればただ普通の男女だった


全ての言葉に「うん」としか言えないまま

ぼろぼろと溢れてくる涙を気づかれないように

気づかれないように息遣いを整えて

「うん」

と言う

私は貴方を困らせたくなかった

「でも俺お前に抱きしめられた時に癖の強い抱きしめ方だねって言われたのが未だに忘れられなくて」

と思い出しながら話してるのであろう電話の向こうで笑う声が聞こえる

ふざけんなよ

と私は思う

このタイミングでそんな事を言うなら

覚えて欲しくなかった

「うん、楽しかった。」

 

「でも私、好きを辞める」

私の口から言葉が零れる
これには私も自分でびっくりした
でももう止められなかった。

もうこんなに振り回されるのが嫌だった
私の感情は貴方でぐちゃぐちゃだった

貴方を好きだと私は凄く苦しい
いつまでもいつまでも此処に居たくなかった
こんな世界、私から終わりにしようと思った

「…どうして?」

貴方にとって理由なんか要らないはずなのに
そんな理由必要じゃないのに

「私が好きだと貴方も貴方の周りも困らせてしまうから」

「私の好きは貴方にとって迷惑だから」

電話を切った後

私は抑えていた声を出して泣いた

止まらなかった

貴方は知っているだろうか
諦めることがどれほど辛いか知っているだろうか

あの日自転車で駆け抜けていく中で幸せ過ぎて思わず泣いてしまったあの坂道を今度は歩きながら

苦しくて苦しくてどうしようもなくて泣いた

もう冷たい風が私の頬をあの日と変わらず撫でていく

誰にも私の気持ちはわからない

最初からわかっていた
好きになったら自分が苦しむだけだと分かっていた
最初はただ傍で仕事が出来ればただそれだけで良かったし満たされた
でも距離が近づくほど
あなたの手が私に触れるほど
貴方の優しさに触れるほど
気づいたら私は貴方に期待していて
いつしか私は貴方と一緒になりたいと思うようになっていた

好きになってはいけない人だって

そんなこと私が1番わかっていた
でもそんなことどうでも良くなるほど
私は貴方を好きになってしまっていた

涙はいつまでも止まらなかった

貴方を諦める私。

それはもう私ではなくて

私ではない私になるのが怖かった

でもこのままだといつまでも変わらないままで
いつまでも苦しいままだから

歩いていく中で貴方との過ごした時間が走馬灯のように駆け巡る

恋を諦めることの絶望を知った

いつかこの恋は終わっていく
いつかこの恋は忘れていって
忘れたことを忘れていく

それが怖かった

私の人生だった貴方が頭の中からも消えてしまうのが怖かった

本気で恋をした私は

強くなって弱くなっての繰り返しだった

いつか私はこの恋を思い出して胸がきゅっと狭くなるだろう

そんな恋だった

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