その男、カピタンにつき


こんなはずではなかった。本来の私は本格的なJ2リーグ再開を前に、ある試合を見直してレビューを書くつもりだった。だが今開いているのは、レビューを書くはずの"はてなブログ"ではなく"note"である。

私はJ2リーグに所属する【徳島ヴォルティス】というチームを応援している。欧州や南米に比べるとサッカー先進国とは言えない日本の、しかも2部リーグに所属するチームを応援するなんて、スポーツに興味のない方からすれば奇特な人間と映ることだろう。

どんな場所でもプロチームが存在すれば、そこには監督をはじめとするスタッフと選手がいて、サポーターがいる。彼らが紡ぎだす一瞬の積み重ねは、歴史となり文化となる。それは普遍的なことなのだと思う。

だが2部リーグ特有の悩みや憂鬱もある。1部に比べると低い人件費。メディアに取り上げられる頻度も段違いだし、DAZNの上陸以降は、ここ日本でもいよいよ1部と2部の格差が大きく開こうとしている。

サッカー選手が現役でいられる期間は短い。少しでも好条件を提示してくれるチームに移籍したい、注目される環境でプレーしたい。つまり「2部よりは1部のクラブでプレーしたい」という欲求は当然なのだろうと思う。一方で、ここ数年の間に多くの選手が1部リーグへ旅立っていったクラブのサポーターとして、こうも思う。

「サッカーがチームスポーツである以上、個人としてのステップアップだけがその選手を評価する絶対的な指標として正しいのだろうか?」

私がこの考えを強く意識するのは、とある選手の存在が契機となった。

**********

徳島ヴォルティスの、2部には相応しくない組織的で魅惑的なサッカーを目にしたサッカーファンや対戦相手のサポーターは少なからず口にする。

「あの監督とあの選手をセットで引き抜きたい!」

当該チームのサポーターとしては時に無責任で腹立たしく思えるこの発言も、一選手としてはこの上ない賛辞だろう。なにより徳島ヴォルティスを応援する人々が、彼の存在の偉大さに誰よりも気づいている。だからこそ、移籍市場の動きが活発化する度にこう願うのだ。彼だけは引き抜かれませんように、と。

そして奇跡的なことに今のところ、彼は青と緑の徳島ヴォルティスのユニフォームに袖を通し続けている。過去にはJ1クラブからのオファーがあったことを本人が認めているにも関わらず。徳島ヴォルティスとの契約更新について「(自分の中では)より難しい方を選んだつもり」と語り「徳島から日本のサッカーを変えたい」とも言い切る。

彼はきっと、1人でJ1のクラブへ引き抜かれるよりも、ずっとずっと難しいことにトライしている。それは自分1人ではなく、自分の所属する組織やそれを応援してくれる人も巻き込んで、全員で歴史を変えようという挑戦だ。だが残念ながら現在のところ、それは完璧な形で達成されたとは言い難い。

私は徳島サポである前に一人のサッカーファンとして思う。「もし彼があの時J1でプレーしていたら」「もしJ1で活躍して代表監督の目に留まっていたら」それは決して大げさな"if"ではなく、彼の実力を知る者からすれば「ありえた未来」だ。

だからこそ彼が「サッカー通の間では知られた選手」のような枠に収まることがあってはならないと思う。彼が徳島ヴォルティスにサッカー人生を賭けたように、今度はクラブとして彼がJ1でプレーする機会を用意する必要がある。そのためには、彼が誰よりも強く望んだ「チームとしての昇格」しかない。

これだけサッカー選手の移籍が活発になった現代において、ある種不器用にも見える生き方を貫く選手。彼はその結果として、どれだけ劇的なゴールを積み重ねても勝ち取ることのできない、サポーターからの信用と信頼を揺るぎないものにした。


彼の名は、岩尾憲という。


#すごい選手がいるんです

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?