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noteという遊び場で 真剣に遊ぶ

スキを頂いた数が100を越えました。
愛想が良いとは思えない私のnoteに、3000を越えて読んでくださる方がいて、さらにスキまで頂いて、コメントくださる方までも。

ただただ、自分が書きたくて書き始めました。
でもnoteは日記ではない。
人の目に触れているんだなぁと、ちょっと怖くなったり。嫌な思いをさせたり傷つけたりすることがあることを、コメント送信する前のひと声で刻みました。

PVって何の略?とか、どうやってこの方々は私の記事を知るのだろう?とか(自分の記事を、#以外でどうやって探すのか未だにわかりません💦)
まだまだ初心者です。Twitterもしておりませんし。

人には外見があって、付属する様々なものがあって、それは同様に自分にもあって、お互いに見定めながら近づいたり離れたりしますが。
noteはそれら属性を飛び越えて、中身といきなり対面している体験です。
もちろん、中身も装ったりしますけど、長い文章だと、自ずからその人の何かがこぼれてくるものだなぁと思います。

日常でも、どこか自分と通じるものを持っている!と感じると、よく出会えたものだと感心するわけですが、noteの世界ではそれがタイトルやお名前や画像や文章や、テーマや有料か無料かや、更新頻度やフォロー関係やスキや、そんな無数のいくつもの選び方から、その人を感じます。

だから、スキやコメントを頂いた時、どんな方が読んでくれたのかな〜と記事に遊びに行くのが好きです。自分の記事に集中していたりすると、お伺いがおろそかになっている場合がありますが…ごめんなさい。情報があふれると、波に乗れずおぼれます。


小学校4年生頃だったか、将来の夢はと聞かれると作家、と言っていた時期があります。
ある大人の「そんなの無理だよ」のひと言で、私はその夢を一切口にしなくなりました。
ぼーっとした子どもで、何事も受け身でした。
習い事も、受験も、進路も、ずっと親の意向に沿っていました。不満もありませんでした。

就職を考えた時に、初めて自分で自分の道を選びました。親も特に反対せず、遠回りを応援してくれました。今は夫である当時の恋人も。

結婚、自分たちで決めました。働き方も、とにかくハードだったけれど必要だと思ってやっていました。妊娠は私が決めたわけではなく、やって来た感じでした。仕事を辞めることは私が決めました。子育ては、自分の意志では出来ないことだらけでしたが、総合的には選んでいるのは自分でした。

そして乳がん。これは選んでいません笑。ですが、どうするか、どうしたいか、ひとつひとつが自分の生き方について問う局面になっています。
痛みに弱ったり、気持ちが揺れたり、何が正しいかわからなくなったり、「すべき」に囚われたり、この2年いろいろありました。
もちろん今だってある。でも、自分がどう捉えるか、行きつくところはそれ次第なのかもなと思う今です。

noteに書く行為は、思ったこと感じたことを記すことで、自分の姿を自覚させます。
そして、もしかしたら私のこの変遷が、どなたかのどんなかの状況に通じるものとして、偶然の出会いを待っているかもしれないと思えています。それは、私にとって大いなる希望です。

もう何のジャンルかはよくわからない、私が捉える世界をただ描写しているスケッチのようなもの。技術的なブラッシュアップよりも、ただそのまま、ほんとうに近いものをお見せできたら、その方を取りたいと思っています。
それが、母でも妻でも娘でもない、hikoという名前の、私に限りなく近い私が、今世界とつながっている方法です。

こんなめちゃくちゃな書き方で、様々な方の目に触れて、でも実名じゃなく、でも本当に近い思いを表せるなんてね。

遊び方も、また変わっていくでしょう。ただマイペースで、好きなように、遊ばせて頂きたいと思っています。作家になるより、良かったかもな、なんて、今の私は思っているのです。

読んでくださって、ほんとうにありがとうございます。また書いていきます。


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