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ギアチェンジがやってくる時

くちびるの右下内側に、じんじんヒーヒーと痛みがある。口内炎。慌てていたのか気が散っていたのか、食事中に噛んでしまった傷がなかなか癒えない。氷を口に含むと、滲みて涙が出る。それでも一時の麻痺のために氷を口にほおりこむ。痛みを和らげるために痛みを誘発するという、よくわからない循環。でも少し落ちつく。

我が家に、ギアチェンジが巻き起こっている。
その渦の中心になっているのは長女だ。
中学生となり、強豪運動部に入ることになった。

今まで、特別スポーツ経験は無い。
クラブチームや少年団とは縁遠く、ゆるゆると自分のペースで過ごしてきたインドア派。
運動部に入るだけでもびっくり、というくらいなのに、知らずに入った部が全国レベルという不可思議。1年生のうち、初心者は娘ひとりである。

この部が強豪だと知ったのは仮入部の頃。
それでも彼女は選んだ。

自ずと、生活が変わる。
土日の練習、大会。平日部活の後にクラブチームとしての夜練。まだ未参加も多いけれど、これから増えていくであろう練習量。

様々な不安を「親が」整理できない中、これでよいと思えるのは、彼女が楽しそうだからだ。

ほんの数ヶ月前まで、ランドセルを背負って小学校に行っていたのが信じられなーい!
彼女は笑って言う。
新たな生活、自分がひとつ大きくなったことに、純粋な喜びを感じているのだろう。
休日の練習日、早くから起きて、自分でお弁当を作っている姿がまぶしいのは朝日のせいだけではないと思う。

私はといえば、退院してからも変わらず、2種類目の抗がん剤治療に通っている。
腹痛の原因として、虚血によるものかもしれないと言われた。血液が何らかの物理的障害(抗がん剤が効いたことで腹部に起こった変化?)によって臓器に回らなくなり、痛む。心筋梗塞のようなもの。卵巣だかそこにあるらしい奇形腫だか。血液が回らなくなればその臓器は死んでしまう。死んでしまえば痛まない。
医療用麻薬を服用している身ではあるけれど、以後あの痛みは起こっていない。たぶん薬で抑えているのではなく、痛んでいないのだろうと感じる。

ともかく、がんがとても縮小している。
腹水が無くなった。腫瘍マーカーも徐々に下がっている。そんなわけで、状態は悪くない、らしい。

さて、長女の変化に引っ張られて、変えようと思ったこと。
それは、生活のリズムを作ること。

…何を今さら、であるけれど、お風呂の時間・夕食の時間・寝る時間をぱしっと決めた。

私は、子どもが気づくこと、それを待つことを大事にしてきたし楽しんでもきた。
生活はその時々、やりたいということを優先させてよく言えば柔軟に。(もっと遊びたい!とか、お手伝いしたい!とかね)
けれども、今あるカオス!
食べたり食べなかったり!お風呂に入ったり入らなかったり!遊んだまま!散らかったまま!喧嘩!反抗!興奮!
歳の離れた3人の、それぞれのやりたいことやりたくないこと、三様のエネルギーがこんがらがって、少なくとも夫と私にとってかなりの負担になっているのだった。今、認める。

何故だろう、外からの圧によって子どもを整えたくない、という気持ちがあったのだ。今もある。
ではあるが、その場しのぎの自転車操業、歪みがどこかにのしかかる。
何か変わる時かな、変える時かな、という思いが湧いてきたのだった。

意思をもって、リズムを整えてみよう。
絡まったエネルギーの束をほぐして、ちょっとだけ新しい流れをつくる。砂場で川を作るみたいに。もしかしたらもっと息がしやすくなるんじゃないかな。もっと視界が広がるんじゃないかな。もっと穏やかに循環していくんじゃないかな。みんなが。

今までは今まで。後悔も無い。
けれど、変わっていくことがうれしい。変わっていくことに明るさを感じる。そっちに向かってみたいのだ。

私の中にある、死んでしまったかもしれない臓器は、どうなるのだろう。
あんなに痛くて、可哀そうだったね。
その腐ってゆくかたまりが、私の内側からの熱によって燃やされ、ロウソクみたいに溶かされてゆけばいいと思う。
そうして新たな私の一部となり、数多の細胞の仲間となって、私の身体を巡り動かしていく力になる。そうなったらいいと、心底思う。

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