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What a Wonderful World

病院は真空だ。入院病棟はパッキングされている。
息苦しいと感じるひともいるだろう。
私も外に出ればあるいは、新鮮な空気に驚くかもしれない。しかし今のところ、この真空状態が心を落ち着かせてくれてもいる。決して嫌いではない。

何も、しなくてはならないことがない。
誰かの送り迎えや、誰かの食事や、誰かの話し相手や、誰かのお風呂や、誰かのケンカの仲裁や、誰かのスケジュール管理や。誰かの。

「誰か」には自分も含まれる。働くこと、掃除すること、お付き合い、買い物、などなど多彩なあれやこれや。

すべきことがない空白。
10日間以上、入院させてもらっている。
こんなに休憩したのは、大人になって初めてのことだ。

空白を見つめる。耳を澄ませる。
無理に道筋を作ろうとしない。書いているうちに何かが光る。手を止めない。私の中に、書くべきものはある。
何度も何度も読み返す。直し直していると、また書くことが浮かぶ。そこにつなげれば、思い描くかたちになりそうだ、とわかる。

そうやって、存分に自分と対話する時間を与えられた。痛みを代償に、ずいぶん貴重な時間をもらった気がする。


明後日、この真空の宇宙船から、地上に戻ることになる。
やかましくて、わちゃわちゃして、怒ったり、泣いたり、笑ったりし合う毎日に。
今日のご飯どうするかなぁ、とか。あの子と遊ぶ約束できたのかな?とか。お天気良かったら、歩いてお迎え行こうとか。

温かさも冷たさもある世界。濃いもの、薄いもの。硬いもの、柔らかいもの。軽いもの、重いもの。汚いもの、美しいもの。
たくさんの、色とりどりの世界に。


ただいまーって、帰るからね。


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