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映画にまつわる2本のドキュメンタリー

 映画には実写映画やアニメーション、現代映画と古典映画など、さまざまな区別が可能ですが、劇映画とドキュメンタリーという分け方もあります。劇映画はいわゆるフィクションで、つまり作り物。ドキュメンタリーは実際に起こっていることの記録を見せるというものです。

 とはいえ、このフィクションとドキュメンタリーの区別は結構難しくて、たとえ実際に起こっている記録であっても「編集」という人間による作為的な処理が行われた時点でそれはもうフィクションだという人もいます。あるいはフィクションであっても、実写であればそこに写っている建物や景色、演じている人物の「記録」でもあるわけで、それはそれでドキュメンタリーの要素も持ちえるともいえます。

 ちなみに映画史で最初のドキュメンタリーと言われているのが1922年製作の「極北の怪異」(「極北のナヌーク」とも)です。エスキモーの生活を追った作品で、監督はロバート・フラハティ。ドキュメンタリーの父などとも言われています。

ただ、この「極北の怪異」でエスキモーが生活する様子はかなり演出がされていたようです。登場するナヌーク家の人たちや、そこに写る風景も当時のものを「記録」しているわけですが、そこにいる人たちは演出されている…。これは果たして純然たるドキュメンタリーでしょうか、あるいはフィクションと呼ぶべきでしょうか?

 そうした細かな定義は考えればキリがありませんが、ともかく東京で「映画づくり」にまつわるドキュメンタリーを2本見てきました。

 1本目はスペインの作品「サッドヒルを掘り返せ」です。
1966年にセルジオ・レオーネというイタリア人監督が製作した映画に「続・夕陽のガンマン」という作品があります。イタリア製西部劇いわゆる「マカロニ・ウェスタン」の傑作と言われています。このラストシーンに登場する墓地「サッドヒル」は、スペインの渓谷に作られたのですが、その跡地は今では映画ファンの聖地となっています。
荒野となったその地に再び「サッドヒル」を再現しようという試みを追ったのがこの「サッドヒルを掘り返せ」という作品です。(※写真は新宿のシネマカリテに作られていたセットです)

 映画ではさまざまな立場の人が集まって、墓地の再現を目指します。そして「続・夕陽のガンマン」の製作から50年を経て、この墓地のセットで「続・夕陽のガンマン」を上映するのです。
 ドキュメンタリーではそのサッドヒルの再現に取り組んだ人々の証言や、「続・夕陽のガンマン」に主演したクリント・イーストウッド、音楽のエンニオ・モリコーネら、役者、スタッフのコメント、さらには「続・夕陽のガンマン」をこよなく愛するメタルバンド「メタリカ」のボーカルも登場します。

「続・夕陽のガンマン」はずいぶん前に見て正直ほとんど覚えていませんでしたが、一本の作品が多くの人の人生に影響を与えるもんだなと思わされます。作品のラストでは、心温まるサプライズがあり、こちらもグッときてしまいました。

 そして2本目が「ユーリー・ノルシュテイン『外套』をつくる」です。ユーリー・ノルシュテインはロシアのアニメーション映画作家です。これまでに「アオサギとツル」や「話の話」など独特なタッチの美しい作品を作っています。個人的には「霧の中のハリネズミ」が大好きです。
 そのユーリー・ノルシュテインがロシアの文豪ゴーゴリの短編小説「外套」のアニメ化に取り組んでいるのですが、すでに30年以上かかっていて、いまだ完成していません。
 「ユーリー・ノルシュテイン『外套』をつくる」では日本人がユーリー・ノルシュテインのもとを訪問し、なぜ作品が完成に至らないかをひたすら尋ねます。あるいは周囲のスタッフらにも聞いてみます。
 そこから分かることは、どうやら自身や身内の病気、撮影技師の交代、ソ連崩壊に伴う経済面での影響などなどが重なり、作品が思うように作れないようになっていることが何となくわかってきます。

 監督の才谷遼さんは「多くの人が外套の完成をまっている」とノルシュテインに言いますが、ノルシュテインは「そんなことは知らない」と、乗ってきません。かといって「外套」に興味がないのかというとそうでもなく、「この30年間、外套のことだけを考えてきた」とノルシュテインは言うのです。この言葉に、彼の葛藤や苦悩がにじんでいます。

 作中、部分的に「外套」の出来上がっている映像が上映されますが、登場人物の描写や風景が本当に繊細で、素晴らしいんです。完成した作品を観たいと思うのは僕たちも同じですが、果たしてどうなるのでしょうか。


2本の映画を観て、「観る側」も「作る側」も作品が持つ魅力や魔力に取り憑かれてしまうのだと思いました。そのことが幸福か不幸なのかは最後まで分かりませんが·····。

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