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りんご

おっかなびっくりしながら、上手な人の3倍くらいの時間をかけて、赤いりんごの皮を剥く。刃を入れるごとに皮が千切れ、時には身の部分を分厚く削り過ぎ、それでも指を切らないようにだけ慎重になりながら、りんごの皮を剥いていく。くし切りになって皿に盛られたりんごは、必死な人間に長時間握られていたせいか、せっかく冷やしておいたのになんだか生ぬるくなっている。もう一度、冷蔵庫に置いておこうかな、と一瞬考えるがすぐにやめる。そもそも、今まさにこのりんごが食べたくて、下手なりの皮剥きを始めたのだ。多分改めて冷蔵庫に入れたところで、3分と持たずに取り出して食べ始めてしまう。ならば今まさに食べてしまおう。

頬張るりんごはやっぱり生ぬるくて、自分の体温なのになんだかちょっと気持ち悪い。でも、一口噛み締めた瞬間、溢れる水分と共に口の中へと流れ込んでくる甘酸っぱさが、そんな気持ちを押し流していく。小気味よくシャリシャリと噛むほどに、その甘酸っぱさは少なくなっていき、それが口寂しくなってまた一つ頬張る。ジュワッ、シャリシャリ…ジュワッ、シャリシャリ…。気づけば5分と経たずに、りんごを丸ごと一つ平らげてしまった。皮を剥くよりも早い。口の中にはあの甘酸っぱさと食感が侘しく残る。まだまだ食べたい。なぜりんごを2個買わなかったのか、数時間前のスーパーにいた自分を恨む。

だが、きっとこれで良かったのだ。もう一つ剥き終わる頃にはきっと日付が変わってしまう。その時にはもう、同じ気持ちを抱いているかなんて分からない。りんご一個くらいが、ちょうど良い。


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