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イチナナ物語①

最初は少し怪しいスカウトから始まった

だってアカウント名とスカウトの内容が違いすぎる!だけど、私はなぜかそのスカウトが気になり話を聞いた。話を聞いていく内にイチナナの夢を叶えると言うコンセプトに惹かれて気づいたら公式ライバーになっていたんだ。

これは3年前の話…

もちろん、最初は日本人より中国人の方が多くて、中国語の簡単な言葉を書いた紙が送られた。勉強は全然しなかったが…。ほとんど中国人リスナーさんが多かったなぁ🤔

そんなこんなでその時いた日本人リスナーさん曰く、初配信は沖縄そばを堂々と食べてたそう。そのリスナーさんにひかりは大物だなとコメントを貰った。私は覚えてないが…だけど緊張しなかったのは覚えてる。

そして担当に勧められて、最初のガチの進撃…まずはぬいぐるみを目標にと挑んだ。喉を枯らしながら体調を崩しながら、必死にアピールした。そして見事ぬいぐるみ獲得。初のイベントを終えての感想は、過酷すぎる。だけどそれ以上の達成感が味わえた。そして仲間と団結して取れたぬいぐるみ。イチナナで感動して泣いたのはその時が初めてだった。

これから頑張るぞと意気込んだ時の事

母親がモデル気取り?配信してるなんて子供が可哀想。YouTuberの真似っ子。ネキャバじゃん。など心無いDMも時折くるようになった。正直、まだライブ配信は世に広まってない時代だった。こんな心無い事を言われたけど屈しなかった。まさか今、コロナ禍でこんなに広まるとは思わなかったけどね。子供のなりたい職業1位がYouTuber。だけどこの先ライバーが1位になるのもあるんじゃないかな?

でもこの言葉たちを跳ね除けて、私がライブ配信で何を発信したいのか見えたんだ。

モデルで撮ってもらった写真を見てもらいたい
目標とされる人になりたい
私が活動してるのを見て活力になれるような人になりたい

よし!これからいろんなイベントに出て沖縄のフリーランスで活動してるひかり🐰🎀を世に広めていくぞ!と配信生活のスタートととなったのだ

だがしかし!!!世の中はそんなに甘くは無かった。それは次の記事でお話致します

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