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アリの威を借るクモ:「クモの奇妙な世界」(馬場友希さん)から、抜粋掲載。

さて、前回は『クモの奇妙な世界 その姿・行動・能力のすべて』(馬場友希/家の光協会)から、未収録のコラム原稿を掲載しましたが、今回は実際に書籍に収録されている原稿「アリの威を借るクモ なぜアリグモはアリに擬態するのか」をアップします。書籍では、こうしたクモの生態のおもしろさを楽しく分かりやすく紹介する話が30個、オムニバス形式で収録されています。

アリの威を借るクモ なぜアリグモはアリに擬態するのか

アリは、私たちの身のまわりで最もありふれた生き物の一つです。自然豊かな郊外だけでなく街中でも頻繁に見られます。しかし、そんなありふれたアリをよく見てみてください。この多くのアリの中には、ときどきアリに姿形がよく似た「アリグモ」というクモが紛れている可能性があるのです。アリグモとアリの見分け方ですが、実際に手に取ってみると分かります。地面に落とそうとすると、アリの場合はそのまま地面に落下しますが、アリグモの場合は糸をひいてゆっくりと地面に降りていくのです。それにしても、なぜこんなアリに似た姿をしているのでしょうか。ここでは不思議なアリグモの世界を覗いてみましょう。

アリグモの仲間

アリグモは、主にハエトリグモ科のアリグモ属(Myrmarachne)[※1]に属する徘徊性のクモで、世界で200以上の種がいます。アリにそっくりのクモということですが、「クモと昆虫では脚の数も違うし、体のつくりも違うから、そんなのすぐに見分けられるじゃないか!」と考える人もいるかもしれません。

しかし、このアリグモのアリの物マネはじつに巧妙です。たとえば、クモの脚は8本、昆虫の脚は6本という違いがありますが、アリグモの場合、一番前の1対の脚をまるでアリの触角のように動かします。なので、アリグモはアリのようにあたかも6本脚で歩行しているかのように見えるのです。また、昆虫とクモでは体の節(ふし)の数も違います。すなわち、昆虫は頭・胸・腹部の3つのパーツに分かれているのにたいして、クモは頭胸部・腹部の2つのパーツにしか分かれていません。ここにもアリグモの巧みな物マネのテクニックが見られます。なんとこの頭胸部にくびれが入っていて、まるで頭と胸のパーツに分かれているように見えるのです。また種類によってはこの頭胸部の側面に白い模様が入っており、実際はくびれていないのにあたかもくびれているかのように見えるものもいます。

ハエトリグモ科のクモは海外でジャンピングスパイダー(jumping spider)と呼ばれるように、ぴょんぴょん飛び跳ねる行動が特徴的ですが、アリグモの場合、行動もアリに似せた結果、ほとんど飛び跳ねる行動が見られません。つまり、アリグモは姿形だけでなく、行動までアリを「完コピ」しているのです。

日本には代表的なアリグモという種に加え、ヤサアリグモ、タイリクアリグモ、ヤガタアリグモ、クワガタアリグモ、ムナビロアリグモの6種が知られています[引用文献1]。これらは種によって微妙に生息環境が異なっており、アリグモやヤサアリグモ、ヤガタアリグモは樹上や壁など比較的高い位置に見られるのにたいして、タイリクアリグモやクワガタアリグモなどは地表面に近い場所に生息しています[※2]。

※1/近年、ハエトリグモ科の分類体系の大幅な変更によりMyrmarachne属から、複数の異なる属(Emertonius, Myrmapana, Toxeus等)に分けられている。
※2/アリグモ属ではないが、アリガタハエトリグモ属(Syhageles)という別属のハエトリグモもアリに姿がよく似ている。系統が違うグループで同じようなアリの真似が見られるのは非常に興味深い。

なぜアリに似るのか?

このように、とてもアリに似ているアリグモですが「なぜアリに似ているのか?」という根本的な疑問が浮かんできます。じつはアリという生き物は、他の多くの生き物にとっては非常に危険かつ厄介な生き物なのです。その理由として、社会性を持ち集団で獲物を襲うこと、さらに一部の種ではギ酸という強烈な毒を持つためです[※3]。東南アジアなどの熱帯地域ではアリの多様性も高く、さらにアリの個体数も非常に多いため、アリは生態系の王者として君臨しています。そのため、アリを天敵として恐れる生き物も少なくありません。

このようにアリは多くの生物から恐れられているため、アリに外見を似せることは、天敵生物から襲われるリスクを減らすメリットがあると考えられます[引用文献2]。この、危険な生物に自分を似せることによって身を守る現象は「ベイツ型擬態」と呼ばれています[※4]。ちなみにアリ擬態はクモだけの専売特許ではなく、カメムシやバッタ、コウチュウなど他の分類群でも共通して見られます。実際にアリに似せることによるメリットを示した研究例は少なく、またどの捕食者にたいして進化したのかもはっきりと分かっていませんが、一部のハエトリグモは生まれつきアリを避けることが知られています[引用文献5]。アリ擬態の効果はまだ研究の余地が多く残されているのです[※5]。

ちなみにアリグモの仲間においてアリによく似ているのはメス成体と幼体です。オス成体は上顎が発達しており、アリともクモともつかない非常に奇妙な外見をしています。オスの上顎が異様に発達している理由として、オス同士の闘争が関係しており、上顎が大きいオスほど闘争に強いようです[引用文献6]。この中途半端な姿のオスにどのくらい擬態のメリットがあるのか気になるところです。

※3/私たちの身近に人に危害をもたらすアリはいないが、海外には健康被害をもたらす危険なアリが少なくない。近年、日本への侵入が問題になっているヒアリがその好例。
※4/「ベイツ型擬態」にたいして、擬態者自身も危険な生物で、危険な者同士が似せ合って擬態効果を高めるタイプは「ミュラー型擬態」と呼ばれる。アシナガバチやスズメバチなどに共通して見られる黄色と黒の縞模様はその好例である。
※5/アリグモがアリに姿を似せる要因の一つとして、捕食者である大型のハエトリグモの存在が挙げられる。大型のハエトリグモは他の小さなハエトリグモを獲物として利用することが多いが、アリグモは襲われる確率が低いらしい[引用文献3・4]。

アリに似ることのデメリット

アリグモはアリに似ることで天敵から襲われるリスクが減るわけですから、一見、よいことずくめに思えます。しかし、同時に不利益も存在します。たとえば、アリグモはアリに行動を似せた結果、他のハエトリグモのようにうまくジャンプすることができません。ハエトリグモはこの跳躍力を活かして獲物にすばやく飛びつくため、アリグモは餌捕獲能力については、他のハエトリグモより劣ると考えられます[※6/引用文献7]。興味深いことに、アリグモ類は他のクモの卵を食べたり、あるいは花粉や花蜜を頻繁に食べるなど特殊な食性を示すことが近年分かってきました[引用文献8]。これはすなわち、アリグモは捕獲能力の低下を、他の餌資源で補っていると考えられます。

また、アリに似せたことで別の天敵に狙われるリスクが逆に高まることも指摘されています。自然界にはアリに攻撃される危険性を克服した生き物も数多く存在し、アオオビハエトリやミジングモなどアリを専門に食べるクモなども存在します[※7]。そのため、アリに似すぎると今度は逆にアリを専門に食べる捕食者に狙われやすくなることを示した研究さえ知られています[引用文献9]。アリグモも種類によってアリ擬態の完成度は異なりますが、おそらくアリに似せることのメリット・デメリットのバランスで決まっていると考えられます。

ちなみに日本の都市部に広く生息するヤガタアリグモは、ヒアリ騒動[※8]のさい、ヒアリとまちがわれて各地でたくさん駆除されたことがネット界隈で話題になりました。ヤガタアリグモは黒色以外に、派手な模様の個体変異も見られるため、見慣れない危険なアリと勘違いされたのでしょう。まさかアリに擬態することでこんなとばっちりを受けるとは……、アリグモ自身、予想だにしなかったことでしょう。

※6/この他にも腹部がアリのように細長いために、他のハエトリグモに比べてメスの産卵数が少なくなるというデメリットも示唆されている。
※7/詳しくは、「第15節 クモは何を食べるのか」を参照。
※8/強力な毒針を持つ外来性のアリ。2017年6月に兵庫で初めて確認され、愛知県や大阪府などでも見つかっている。

アリグモ研究の最前線

アリグモ属の種は世界から200種以上知られていますが、熱帯地域では非常に多様に種分化しており、いまだに名前のついていない種がたくさんいます。これは熱帯地方では、擬態のモデルとなるアリの多様性が高いこととも大いに関係していると考えられています。現在、熱帯地域を中心に新種の記載が山﨑健史博士(首都大学東京)を中心に精力的に行われています[引用文献10]。さらに形態を定量的に評価することで、どのアリグモがどのアリに擬態しているのかを客観的に判定する研究もアリ学者である橋本佳明博士らを中心に進んでいます[引用文献7]。また熱帯地域ではハエトリグモ科だけでなく、カニグモ科やハチグモ科など、その他のクモでもアリ擬態が見られるようです。アリグモの研究が進むことで、今後、アリ擬態という現象への理解がどのように深まるのか楽しみです。

[引用文献]
[1]須黒達巳 (2017) ハエトリグモハンドブック. 文一総合出版 [2]Cushing PE (2012) Spider–ant associations: an updated review of myrmecomorphy, myrmecophily, and myrmecophagy in spiders. Psyche 2012: 151989. [3]Huang JN, Cheng RC, Li D et al. (2010) Salticid predation as one potential driving force of ant mimicry in jumping spiders. Proc R Soc Lond B 278: 1356–1364. [4]Durkee CA, Weiss MR, Uma DB (2011) Ant mimicry lessens predation on a North American jumping spider by larger salticid spiders. Environ Entomol 40: 1223–1231. [5] Nelson XJ, Jackson RR (2006) Vision–based innate aversion to ants and ant mimics. Behav Ecol 17: 676–681. [6] Jackson RR (1982) The biology of ant–like jumping spiders: intraspecific interactions of Myrmarachne lupata (Araneae, Salticidae). Zool J Linn Soc 76: 293–319. [7]橋本佳明 (2016) アリ擬態現象から探る熱帯の生物多様性創出・維持機構. 日本生態学会誌 66: 407–412. [8]Nyffeler M, Olson EJ, Symondson WO (2016) Plant–eating by spiders. J Arachnol 44: 15–28. [9]Nelson XJ, Li D, Jackson RR (2006) Out of the frying pan and into the fire: a novel trade–off for batesian mimics. Ethology 112: 270–277. [10]山﨑健史 (2015) 東南アジアにおけるアリグモ属研究. Acta Arachnol 64: 49–56.

クモの世界350dpi

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