短編小説『ペーパードライバー』
『ペーパードライバー』
月曜日。日が暮れ始め、街の色が変わる。
"主婦"のタイムカードを押して、夕方が始まる。
時計を見て大雑把に逆算する。
夕飯は、食べたいものより、食べてないものから消去法で考える。
肉か魚か決まれば、あとは適当だ。
月曜日。駅近の大きなスーパーは冷凍食品が安い。隣接した薬局のクーポンもたしか期限内だったはずだ。
食材や日用品をまとめて買うとなるとやっぱり車が便利だ。運転は好きじゃないけど。
月曜日。週始めから仕事が早く終わった夫を駅で拾ってスーパーへ向かう。彼は何も気にせずに助手席に乗る。
免許証はゴールド。でも自称ペーパードライバーの私は市内を運転するだけで、もう充分だ。
運転は気にすることが多すぎて疲れる。
習ったはずの車線変更や駐車も、習ってないはずのルールや マナーにも、いちいち少し緊張する。なにより隣に誰か...というか夫を乗せるとなるとハンドル を握る前からげんなりする。
「月曜日...だけどなんか混んでるね。」
隣から聞こえる声に、冷蔵庫の中身を思い出しながら返す。
「んー、この時間いつもこんなだよ。」
そのつもりはないと思うが、緊張させないでほしい。混んでる道は私のせいではないと、自分自 身に言い聞かせる。私にとってはメンタルヘルスも含めて安全第一なのだ。
踏切も信号も点滅するくらいならいっそ早めに止まりたい。タイミングを見計らって減速する。
「タイミングみて行っちゃえよ。」
夫が私の判断に不満そうに呟く。
あー、もー、そういうところ。
今は私がハンドルを握っているのに。
夫婦に限らず、生活していく上で誰かと衝突することはある。
そんな時に限ってブレーキを踏むことができない。追い越してしまえ。通り過ぎてしまえ。
その勢いに任せてアクセルを踏込み、案の定ぶつけてしまう。
昔から、何かと間が悪い自覚はある。
いつもだったら遠回りして左折して入場する駐車場を、最短ルートを通って右折して入場する。
要は流れだろ、と言われるけどそんなに簡単じゃない。
タイミングが悪いのは私なのか、速度を緩めず直進してくるあの車なのか。
アクセルを踏めば進む。ブレーキを踏めば止まる。仕組みはシンプルなのに。
私は私の初心者マークを、おそるおそる目立たないように貼っている。それをいつまでも剥がせずにいる。
「仕事して待ってていい?」
「え、荷物くらい持ってくれるのかと思った。」
「あ、一緒に行こうか。」
「ん、いいよ。」
優しさもタイミングだよなぁ。
かといって付いてきてもらっても、私は私のペースで買い物がしたい。スーパーのカートなら加速も減速もこんなにスムーズにいく。流れだって読めるし、急な右折だっておてのもの。
自称ゴールド免許。誰も見てないけどね。
腑に落ちないモヤモヤと、私が好きなエクレアを(もちろん夫の分も)、合わせて買い物カゴに入れる。
まぁ、みんな頑張ってる、ということにしよう。帰ったらまずご飯を炊いて、お味噌汁を作って、お肉に下味をつけて...と、とことん手を抜いたってやることは多いのだ。
毎日必要以上にアクセルもブレーキも踏んでいる。どうしたって効率が悪い。人間てそういうものでしょう。
誰にも言ってないだけで、行きたいところはたくさんある。まずは燃料補給からだ。
ペーパードライバーは燃費が悪い。そう言い聞かせながら、値引きされたご褒美を頬張り、みんなが頑張った一日を分かち合う。
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