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むかしこのへんは海でした

はるのやみ「むかしこのへんは海でした」  長嶋有(『春のお辞儀』)

ほんと俳句ってなんだろうな、とときどき思う。
こんなに短いのにその中で出会ったひとがとつぜん私に話しかける。あのね。むかしこのへんは海でした。そしてその後はほんとうの闇だ。だれにもなんにももうわからない。今が昔だったらもう二人とも私も含めて海の中だ。
やみとうみ。

大学に入ったばかりの頃、俳句サークルに入ろうとして集合場所まで行ったが、私はなぜか集合場所を遠くから見ていて、逃げ出してしまった。

あのときどうして逃げちゃったんだろうと思う。

春で、闇ではなく、やさしそうなひとたちが光の中笑って集まっていた。たぶん声を掛ければ、「あああなたがひからびたひとさんですね」とやさしく言ってくれたんだと思う。私も恥ずかしそうに光の中で頭を掻いたのでないか。よろしくおねがいします。

でもわたしはやさしそうなひとたちを見て逃げ出しちゃって、そうして今でも寝る前に「むかしこのへんは海でした」に似たひびきを闇の中できいている。ねえ、あのね。

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