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サッカー選手の日

他人の去就に執着しなくなったことに気が付きました。

尊敬する後輩があくなき挑戦の末、いわゆる個人昇格をしてカテゴリを上げました。
喋ったこともない選手の栄転ですら嫉妬を覚えていた栗山なので、心がかき乱される案件のはずでしたが、ことのほかおめでとうとしか思いませんでした。

精神衛生上はとてもよろしい。
ただこれが、進歩であるのか衰退であるのかはわからず、疑念に苛まれています。

年齢やカテゴリ、仕事やお金と言った、サッカー人生を取り巻く渦はあまりにも大きいです。
生き延びることに必死なうち、大切にしたいスタンスやポリシーみたいなものを亡くし、サッカー選手として弱っていってしまうことが本当に恐ろしいのです。

サッカーをする上で、目指す場所や掴みたいものは色々と変わりました。
凝り固まった考えから脱し、多様な価値観を自分にあてがうことが出来るようになりました。
それでも、理想に掲げる在り方はJリーガーに心焦がれたあの頃から変わっていないのです。

自分の心であるのに読み解くのが実に難しい。
幸せか幸せじゃないかというような簡単かつ分かりやすい話ではなく、幸せなんだけど、その中にねじれが確実に存在をしていて、そのねじれは幸せだからこそ生まれていて…という、もう書いても読んでもよく分からないような事柄なのです。

そうして最後は、この悶々とする様を証明書として、まだ来年もサッカーしようと思うのです。

年に1度、急に来るやつでした。

サポートいただいたお金の使い道 4:love futbol japan への支援金 4:片親家庭支援団体への寄付 2:自分のサッカー人生への投資 最後まで読んでいただきありがとうございます。 よろしくお願いいたします。