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幻の「近所の道全線踏破計画」

 『成瀬は天下を取りにいく』を手に取って以来、何かと思い出す出来事がある。

 作中で主人公・成瀬あかりが西武大津店へ通い詰めたのと同じコロナ禍初年、僕はある挑戦を思い立った。それは、家の近所の道を全部歩き通す、というものだった。

 不要不急の外出は控えるべきとされ、遠出などもってのほかという雰囲気が漂っていた当時、僕は週末がやって来る度に暇を持て余した。そして近所の散歩に出掛けた。スマホは持って出ていたが、頻繁に地図を見るということはなく、気まぐれに角を曲がり、適当に彷徨い歩いていた。

 そうこうするうちに思った。

 案外、知らない道が多いな——

 関西某所の単身者用マンションで暮らし初めて、当時で3年が経過していた。同じ場所にそれだけ住んでいたから、近所のことは大抵わかった気になっていた。でも、僕が普段使っていたのは、ごく限られた道だけだった。会社の行き帰りで使う道。ジョギングで走る道。最寄駅へ向かうための道。そのすぐ傍に、見たことはあっても通ったことはない道があった。

 家から3分で辿り着ける場所に「未踏の地」があることに、僕は初めて気が付いた。それより遠い所となると、行ったことのない場所だらけだった。取り分け、会社と反対方向である家の西側は、殆ど未知のエリアと言ってよかった。

 僕は思った。これは何も、僕に限った話じゃないのではなかろうか。多くの人が普段の行動をパターン化していて、自分の家のすぐ傍にすら「未踏の地」を持っている。だとすれば、近所の道を全部歩き通し、完全踏破を達成すれば、得難い経験になるのではあるまいか!

 ある日、僕は散歩から戻った後、以前ポストに投函されていた周辺地域のハザードマップを取り出した。そして、家の近所の拡大図面を開けると、歩いたことのある道にマーカーで色をつけていった。

 実際に地図と照らし合わせてみると、歩いたことのない道は本当に多かった。二車線道路レベルの大きな道路はともかく、家々の間を縫うように通っている細い道々となると、殆ど色が付かない。僕は自分の思い付きが、意外にも骨の折れるイベントであることを知った。しかし、それは同時に、当面の気晴らしを手に入れられたということでもあった。

 やってやるぞと僕は思った。

 だが、実際のところ、近所の道完全踏破計画は、開始から程なくして終焉を迎える。

 理由は単純だ。あまりにもスケールが小さくて、しょうもないことに思えて、嫌気が差してしまったのである。

 いや、それ以上に、家の近所の狭い範囲からどこへも行けないということが、当時の僕には耐えられないことだったのだ。

 外出自粛が叫ばれ、遠出なんてとんでもないという気配が漂い、人と会うことが憚られた当時、僕はとにかく窮屈でたまらなかった。狭い世界に閉じ込められるような感覚があり、息が詰まりそうだった。だから、その狭い世界から抜け出したくてしょうがなかった。つまり、遠くに行きたかったのである。

 その激しい欲求を満たすには、近所を散歩するだけではとても足りなかった。できることと、本当にやりたいことがマッチしていなかったのである。

 家の近所をほっつき歩いて何になる!

 挑戦を放り出すまでは、1ヶ月とかからなかった。

     ◇

 近所の道完全踏破を早々に投げ出したことを、僕は今になって後悔している。ちっぽけな挑戦だったことは確かだろう。だが、意外と簡単にはできないことだったのは間違いない。やったことのある人は少ないだろうという予想も、きっと当たっていると思う。

 一度だけ、とても親しい友人に、「家の近所の道を全部歩き通そうとしたことがある」と話したことがある。友人の反応は、「めっちゃいいじゃん、それ!」だった。そう思ってもらえたことが、少し嬉しかった。同時に、自分があっさり捨てたものの重みが痛感されたものだった。

 『成瀬は天下を取りにいく』を読んで、僕は何もない日常から小さな物語が生まれることの鮮やかさに気付かされ、勇気づけられた。しかし、実のところ、僕は同時にちょっぴり悔しかったのかもしれない。成瀬あかりが閉店間際の西武大津店に毎日通い詰めたように、毎週末近所の「未踏の地」に足を踏み出し、道路図をマーカーで埋め尽くすことが、どうしてできなかったのだろう。そんなことを、心のどこかで思っていたのかもしれない。

 近所の道全線踏破計画を再始動するか否か。僕は今思案している。

(第216回 2024.04.15)

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