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とある本紹介式読書会の記録~2022年10月編~

◆はじめに

 10月16日(日)の朝、学生時代からの知り合いと毎月やっているオンライン読書会に参加した。この読書会は元々、東京都内のカフェの貸会議室などを転々としながら、数ヶ月に1回のペースで開催されていたものであるが、2年前の9月からオンライン開催となり、以来毎月実施されている。僕は就職を機に関西に帰郷して以来この会とは縁遠くなっていたが、オンライン化を機に再び参加し始め、それから毎回顔を出している。

 8月と9月の読書会は、村田沙耶香さんの小説『コンビニ人間』を扱った課題本読書会だったが、今回は3ヶ月ぶりに、メンバーがそれぞれ本を紹介する形式となった。この会では、1人1冊のように紹介する本の冊数を決めておらず、1人当たりの持ち時間——だいたい15~20分——に収まれば何冊紹介しても良いことになっている。最初のうちは、とりあえず1人1冊ずつの紹介だったが、1冊の本をじっくり紹介するタイプのメンバーもいれば、色んな本をテンポ良く紹介するメンバーもいたので、次第にこのやり方に落ち着いた。この日も、参加したメンバーは5人だったが、紹介された本は8冊にのぼった。

 では、前置きはこれくらいにして、当日紹介された本を見ていこう。

◆1.『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(坪田信貴)

 読書会代表から紹介された本。『ビリギャル』という通称でお馴染みの教育系ノンフィクションです。代表は、最近加入した動画配信サービスで『ビリギャル』の映画版を見、それをきっかけに原作を読んだとのことでした。

 内容はタイトルの通り、学年ビリのギャルが慶應義塾大学に現役合格するまでの道のりを描くというもので、実際に用いた勉強法やモチベーションを維持する方法などの紹介がメインになっているようです。しかし、代表はそれら個々のテクニックよりも、本の著者でもある坪田さんという教育者の姿勢や方針に感銘を受けたと言います。

 指導者が相手を否定することなく、いい所を伸ばそうとすること。そうして「自分が受け容れられた」という感覚を持てるようにし、信頼関係を築くことで、勉強に取り組める状況を作り上げていくこと。これらの点を重視する坪田さんのスタイルは、代表が理想とする教育の在り方そのものだったようで、「著者の他の本も読みたいと思った」という話も出ていました。

 個人的には、この本がドラマ仕立てのノンフィクションというよりも、実例ありの受験ハウツー本的な性格を持っていたことがわかり、どういう層にウケてヒットしたのかが想像できたのが面白かったです。

◆2.『四畳半タイムマシンブルース』(森見登美彦 原案:上田誠)

 ワタクシ・ひじきが紹介した本。この9月にアニメ映画化もされた森見登美彦さんの小説で、森見さんの代表作『四畳半神話大系』と、森見作品の映像化に数多く携わっている劇作家・上田誠さんの代表作『サマータイムマシン・ブルース』が融合した作品です。

 京都で冴えない大学生活を送る「私」は、暑い夏を快適に過ごすための唯一の希望であった自室のクーラーのリモコンを悪友の小津に壊され、仲間たち共々炎熱地獄で溶けそうになっていた。そんな「私」達の前に、突然タイムマシンが現れる。タイムマシンで昨日に行きリモコンを取ってくれば、クーラーが復活する! 「私」のアイデアにより皆は昨日へタイムトラベルするが、程なく、昨日の世界が変わってしまえば今日の世界が成り立たず、矛盾を孕んだ世界そのものが消滅してしまうことに気付く。「私」は後輩の明石さんと共に、昨日の出来事が昨日の通りに起こるよう動き回る。しかし、他の仲間は世界の危機を前に奔放に振舞うばかりで——かくして、オンボロ学生寮を舞台に、昨日と今日を往き来して世界を救う(?)ドタバタ劇が展開します。

 率直な感想を書くなら、メチャクチャ面白いの一言に尽きます。あと、思いがけず深い内容もあります。ともあれ、難しいことはいいからスッと読める面白い本が読みたいという人にオススメです。

◆3.『礼文短歌 蕊』(杣田美野里)

 このところ日本全国をさすらう旅人と化していたvan_kさんから紹介された本。北海道旅行の途中、稚内にある日本最北の本屋で買ったという歌集です。「蕊」は「しべ」と読みます(おしべ・めしべの「しべ」です)。

 旭川から北海道の最北端・宗谷岬を目指す日帰りの旅に出たvan_kさん。その時、海の向こうには礼文島が見えていました。行ってみたい、けれどそんな時間は到底ない。忙しなく宗谷岬から稚内まで戻り、ふらりと立ち寄った本屋に、偶然「礼文短歌」と名の付いた本があった。行くことはできなかったけれど、せめて礼文に関する本は手に入れておこう——そうしてvan_kさんは、この本を手に取ったそうです。

 本の中身は、礼文島の風景や花々の写真に、それぞれ短歌が添えられるという構成になっています。木々よりも草花が目立つ礼文島固有の自然を移した写真はどれも綺麗で、短歌との取り合わせも絶妙だったそうです。また、それらの中に時折、著者自身の思い出話が挿入されているのも、味があって良かったと言います。話を聞いているだけで、美しい本なのだろうなあという想像を掻き立てられました。

◆4.『天北原野』(三浦綾子)

 先の本に引き続き、van_kさんから紹介された本。およそ百年前の北海道が舞台となっている、三浦綾子さんの小説です。

 主人公の貴乃と孝介は、幼馴染で婚約者。しかし、製材所の息子で欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる完治という男の企みにより、孝介は樺太へ向かわされ、貴乃は完治からの求愛を受け続けるようになる。過酷な環境と運命のもとを生きる人々を描き、人はどう生きるべきかを問う——そのような内容の小説です。

 実際に北海道を旅したvan_kさんは、作中で描かれている土地の厳しさがよくわかると言います。それだけに、その中で生きていく人々のタフさに触れて、自分の生き方を考えさせられたとも話していました。

◆5.『野球の経済学』(小林至)

 経済小説などを中心に数冊の本をテンポ良く出していくメンバーから紹介された本。タイトル通り、野球を経済的な観点から概観する一冊です。「子どもをプロ野球選手にするにはいくらかかるのか」といった身近なテーマから、「日米の野球ビジネスはどう違うのか」といったビジネスモデルの話まで、様々なトピックがサクッと分かりやすく解説されています。

 ちょっと読んだだけで話のネタが増える本、という話もありました。野球のことはてんで詳しくない僕ですが、この本は入門書としても使えそうで面白そうだと思いました。

◆6.『空の境界』(奈須きのこ コミック版:天空すふぃあ)

〈小説上巻〉

〈コミックス1巻〉

『野球の経済学』を紹介したのと同じメンバーから紹介された本。僕が師匠と呼んでいるメンバーが、じっくり読めるマンガの情報を集めていると知って、「それならコレだ」と用意したものだったようです。

 ザっと言うと、2年間の昏睡から目覚めると同時に、あらゆるものの死を視ることのできる能力「直死の魔眼」を手に入れた主人公・両儀式が、その能力を使い様々な事件に立ち向かう物語とのこと。元の作品は小説ですが、時系列がバラバラになっていて、中途段階から話が始まるため、本の順番通りに読んでいくと最初のうちはワケがわからないそうです。ただし、全部を繰り返し読んでいるとだんだん話が見え始め、最後に全体がわかると「これは凄い」と思える内容になっている、とのことでした。

 紹介したメンバーは、最初に小説を読み、それからコミックやアニメに手を出したそうですが、「小説だと上巻の300ページ目あたりまでほんとにしんどいので、まずはコミックを読むかアニメを見るかして、これ面白そうだと思ったらどんどん手を広げるのでいいと思う」と話していました。

『空の境界』の紹介は、このメンバーの今までの発表の中でも特に熱の籠ったもので、とにかくこの作品を推したいんだという思いがひしひしと伝わってきました。先日師匠のブログを覘くと、今回の読書会で一番気になった本は『空の境界』だと書いてありました。どうやらプレゼンは大成功だったようです。

◆7.『BEASTARS』(板垣巴留)

 師匠から紹介された本。数々のマンガ賞に輝きアニメ化もされた人気コミックスです。実は師匠、夏に足を骨折して1ヶ月半ほど入院していたのですが、その副産物として生じた膨大な時間を使ってかなりの量のマンガを読んでいたそうです。その中でも特に面白く、なおかつ深いと感じた作品が、この『BEASTARS』だったと言います。

 タイトルが示唆する通り、この作品が描くのは様々な動物たちが共存する世界です。そこには肉食獣もいれば草食獣もいます。両者は表向きには平等で仲良く暮らしています。しかし、肉食獣は肉を食べなくても生きていけるようになったものの、肉を食べたいという本能的な欲求を抱えており、草食獣の方は「食べられることはない」と安心しながらも、心の奥底に恐怖を抱えています。

 物語は、主人公であるハイイロオオカミの学生・レゴシが所属する演劇部で、草食獣の学生が何者かに食い殺された姿で発見されるところから始まります。事件は作品の途中で解決されますが、ここで露わになった動物たちの世界の深層を巡って話はさらに展開していきます。飽きのこない展開で、しかも、多様性や他者との共存というテーマが、ありふれた言葉では収まりきらないだけの深度で描かれていると師匠は言います。

『BEASTARS』については過去に何度か評判を耳にしていましたが、今回の紹介は中でも特に詳しいもので、興味をそそられました。

◆8.『カレチ』(池田邦彦)

 引き続き、師匠から紹介された本。こちらもマンガ本です。ざっくり言うと、国鉄の車掌が主人公の人情噺で、古き良き日本の姿を描いた作品になっているようです。

 師匠はこの本を読んで、「正直古い」と思ったものの、同時に、「人と人との関係ってこういうものだよな」と感じることもあったと言います。例えば、特に印象に残っているというエピソードでは、熟年夫婦の旅行者が、楽しみにしていた食堂車を予約忘れで使えなくなったところを、車掌が何とかしようとする姿が描かれます。老夫婦に助けを乞われた車掌は、鉄道に関する知識を駆使し、別の列車の食堂車を手配すべく、業務規則そっちのけの奮闘を見せます。

 師匠はその話を読んで、「職業倫理的にはどうなのかと思う話だけれど、お客さんの喜ぶ顔が見たいからという理由で手を尽くす姿を見ていると、サービス業に携わる人間として考えさせられるものがあった」と話していました。ただの人情噺ではなく、仕事とは何かといった観点から考察することのできる話になっているようです。

     ◇

 以上、10月16日のオンライン読書会で紹介された本について書いてきました。今回紹介された本は、マンガ3作、小説2冊、ノンフィクション・歌集・教養本各1冊というラインナップでした。珍しいことに硬派の小説や新書・専門書がなく、全体的にとっつきやすい本が集まっていたのではないかという印象を受けますが、いかがたっだでしょうか。

 来月の読書会も、本紹介形式で行うことになりました。今度はどんな展開になるのでしょう。まだ先の話ですが、楽しみにしたいと思います。

 それでは、今回はここまでです。

(第90回 10月19日)

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