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子育て中の女性アーティスト・インタビュー vol.1 山本優美(3/4)

高橋:制作しているときの環境はどうですか。 子供にとっての危険な場所もありますか。

山本:そうですね。乾いた粘土の粉塵を吸うのも体に良くないですし、尖った道具や危険な薬剤もあったりするので、子供が家にいるときは作業はできないですね。

高橋:新しく試みられている布の作品など素材の問題も意識されているように感じています。 素材の選び方についてはどういうふうに考えられていますか。

作品_あわいについて

(写真)山本優美《あわいについて》2016年


山本:そうですね。長い期間、今の制作を続けてきて、コンセプトとしてはつながってはいるんですが、違う素材を試したいというのもあります。粘土の彫刻作業は、手も汚れるし、娘が寝ている間の途切れ途切れの時間では制作できなくて、産後は完全に1年ぐらい休みました。短い時間では自分の気持ちも集中力も切り替えられなくて。かといって、例えば布の作品だったら子供が寝ている間にできたかというとそうでもなかったと思います。でも、布の作品だと気持ちの上でもうちょっと動きやすい。焼き物の作業スペースって半分屋外みたいなんです。北陸の冬は暗いし、寒いし、汚れるし、冷たい水も触るし。それもあって子供のお世話からパッと切り替えにくこともあったりして。制作の大変さは変わらないにせよ、布はもうちょっと自分の中で動きやすい素材でした。自分の中の興味の問題として、これまでの作品とつながりながら、他の切り口で作品を作りたいというのもありました。焼き物の作品は、ひたすら積み重ねていく仕事なので、この時間性とは違う動き方ができる作品が作りたいと思ったりもしていました。これまでと違う素材やアイデアですぐにクオリティが高い作品が作れるかというとそうはないので、それも今、思考錯誤している最中です。彫刻の作品では、モデルになっている衣類が持っている表面の模様は意識的に取り去っています。モノクロというか、衣類の色や模様を再現するのではなく、布の皺襞の変化を表情で見せたいと考えていて、表面の模様に関しては横に置いていた部分がありました。けれども衣服が持っている記憶や、前の持ち主との結びつきという点では模様の意味も大きいと感じていて、彫刻の作品のなかで取り上げてこられなかったものを、衣類自体を素材としながら、彫刻とは別の方法でアプローチできるのではないかという思いがありました。子供が生まれて、時間の過ごし方に変化が起きたりとか、モンデンさんのお仕事を拝見したりして、子育ての期間を良い機会に、何か違う切り口や違う時間で動けるものができたらいいなと思い始めているところです。アーティストとしてそういうことをやりたいし、必要があるように感じています。さまざまな展覧会の依頼をいただくと、依頼してくれた方はきっと私のこういう作品を見せたいんだろうなと感じたりして、作品の新しい方向性を実験する時間がなかなか取れなかったりします。これまでの作品シリーズのバリエーションでこなしてしまう部分があって、作品の販売を考えればそれも必要でもあるのですが、アーティストとしては前に進んで行く、進化してく部分を見せなきゃいけないと思っているし、私自身も進化したいと思っています。

制作途中作品02

(写真)制作風景


高橋:制作を続けているモチベーションはどこにありますか。

山本:アートの世界で発表をさせてもらうなかで、アートの領域や業界の様々な面が見えます。作品販売の世界はビジネス的な色合いが濃かったり、アートコレクションになると、究極的には私の日常や感覚からは想像もできないような雲の上の超富裕層の人々を相手にする世界でもある。そういうことを考えると、なぜ自分が作品を作り、販売しているのかわからなくなりそうですけれども、アートの世界が好きなんです。高校生の時に自分が美術館で出会ったアートの空間や鑑賞体験が原体験としてあって、作品を作ることに関してはまた別のモチベーションがありますが、この時に感じていた幸福感や高揚感は今でも制作の支えになっていると思います。子育てに疲れて、モチベーションも尽き果てそうになることもありますが(笑)。

モンデン:好きな作家や影響を受けた作家はいますか。

山本:影響を受けた作家は沢山います。中学生の頃はシュールレアリズムが好きでした。中学生らしいですよね。高校生の頃、京都国立近代美術館で開催されたミニマルアートの展覧会(「ミニマル マキシマル − ミニマル・アートとその展開」2001年)に出会って、ものすごい衝撃を受けて、いい意味で、なんでこんなものが存在しているんだろう、こういうことをしたいと思い、彫刻か現代アートに関わりたいと思ったのがきっかけですね。小学生のころは漫画家になろうと思っていて、漫画家セットとか持っていました (笑)。その後は彫刻か現代アートをやりたいと思っていたのですけれど、彫刻は石とか金属の巨大なものを作るハードなイメージがあって、フランク・ステラの作品などを見て、自分ひとりであんな大きいものは作れないと思いました。今、その世界を知ってみれば、企業の協賛などで予算や協力がついたりしてプロジェクトが行われるとわかるのですが。その時は、彫刻はハードすぎるけれど、様々な素材に触れたいという気持ちで工芸を選びました。工芸とは何かいうことはあまり深く考えていませんでした。

高橋:美大の工芸に入った時から現代アートなんですね。素材がいろいろあるという点で。

山本:金属や木でも立体作品を作れるかもしれないし、粘土でも作れるかもしれない、と思っていました。デザイン的な仕事として工芸の職人さんになれたり、それも悪くないという気持ちもちょっとありました。ですが、自分の中で核にあるのは、ずっと現代アートをやりたいという思いで、高校生のころから関西の美術館のコレクションもずっと見て回っていました。工芸科で一通り素材を触ってみた中で、幅広く自分が表現したいことを受け止めてくれそうだと思えたのが焼き物でした。ちょうどその時期に旧国立国際美術館でやっていた「大地の芸術 クレイワークの新世紀」(2003年)という展覧会があって、80年代や90年代の陶芸の展覧会で陶芸の表現の幅広さにも触れたことも大きな後押しとなりました。

高橋:金沢美大の陶芸が、のびのびしていたということもあるんでしょうか。

山本:工芸科自体が幅広い表現を受け入れていましたし、当時の陶芸専攻は技法や技術よりも芸術としての考えや表現を実現するという教育方針が根底にあったように思います。また、金属(鋳金)だと卒業制作に10万円かかるという噂を聞いて、とても材料費がまかなえないという現実的なことも浮かんでいました。

モンデン:現実的なんですね。夢だけじゃなくて現実も考えている。

山本:自分の中の視覚的なイメージがあって、それを実現したいというのがあったので、それには粘土がぴったりだったのですが、焼き物は焼き物で思い通りにいかない難しさはあります。

高橋:卯辰山工房は技法が重視されるところでは?

山本:そうですね。工芸工房の設立の基本に、工芸的な技法なり技術を継承するというのがあります。私は何とか試験に合格して潜り込んだんですけれど。(笑)工芸の素材の捉え方はもっと幅広いはずだし、私のような制作態度の者でも受け入れられる場であってほしいと、おこがましいですけれども思ったり、私のような者が入ることで工房も表現の広がりを持てるのではないかと。押し付けがましいですが、私が入所することの意味はあるんじゃないかと思ったんです。実は1度目の受験は失敗しています。その翌年はたまたま工房の修了予定者が多く、募集定員が増え、二度目の受験で入所することができました。卯辰山工芸工房で3年間集中的に制作をして過ごせたのはとても大きかったです。今は在学中の若い学生さんや若い作家さんがが作家活動されていたりしますよね。私やモンデンさんの学生時代はまだそうした流れが始まるか始まらないかの頃だったと思います。今のようにSNSもなく、東京などのギャラリストが卒業・修了作品展をようやく金沢美大まで見に来始めているようなそんな時期だったように思います。今はそれがどんどん加速して、若くして活躍する方も増えてきていますが、私の場合は作品がある程度成熟するのに時間がかかりました。そういう意味で、27歳からなので遅いんですけれども、卯辰山工芸工房で3年間集中的に制作できたことが今の活動につながっています。卯辰山工芸工房の中では、制作に関しては基本的に自分で自由に制作や発表を行うことができました。工房の研修者や修了者の活躍もあって、近年増々辰山工芸工房も注目されるようになってきています。私の在籍中も様々なメディアの方が工房や研修者を取材にきたり、有名企業とのコラボレーションなどのお話が工房に来たりもします。そうした話自体はすごく魅力的なのですが、私自身は作品の方向性として判断の難しさが常にありました。研修者によっては、来た話は絶対に断らないし、何でもやってみて、そこからどんどん広げていくという人もいます。私の場合は、自分の作品を現代アートとして発表したいという強いこだわりがあって、ひとつひとつの展覧会やプロジェクトに関わることで自分の作品がどのような見え方をするのか、というのも気にしていました。「陶芸」というある種メジャーな工芸の素材を使い、そういう意味では工芸とアートの交差するところで作品を作っていることもあり、自分の作家としての立ち位置がどこなのかをちゃんと発信したいというのがあって、様々な話が工房にくる中で、自分の目指したい方向性とは違うからやらないと判断したプロジェクトもありました。それが、私自身の制作においてはよかったと思っています。自分の方向性と合う発表の場所や機会をきちんと判断すれば、自分の作品や考えに興味を持ってくれる観客や関係者にちゃんと出会えるのだということを、私は失敗から学びました。自分自身の方向性と違うということで振り切るのは葛藤がありましたが、今、同じように悩んでいる若い作家さんがいたら後押ししたいです。私は自分自身で選択した展覧会の実績から、作家としての方向性やイメージを積み上げてきたつもりです。

高橋:これまでもそうやってきたからこそ、これからも方向性を見据えながら進むんでしょうね。子育てもあって、制作できる時間の短さという課題はあるけどね。

山本:結局、最終的には自分で考えて自分の努力で解決するしかない、というところに行き着いてしまいます。だから、アーティストはみんな大変だと思っています。

(インタビューおわり。「インタビューを振り返って」につづく

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NPOひいなアクションは、子育て中の女性アーティストを応援する団体です。アートと子育てを隔てる壁をなくし、女性アーティストが地域の中で活躍する場をつくり、すべての人にとって生きやすく豊かな社会を目指して、さまざまなアクションを起こしています。