アメリカdeバスケ2〜準備編〜

高校3年夏、マジックジョンソンのサマーキャンプで夢のような時間を過ごした。

帰国と同時に、コーチの名前と電話番号を書いた紙を握りしめながら両親へアメリカに行きたいと伝えた。

両親は正直驚いたと思うが… 最初から全面バックアップで、アメリカに行くためにどうしたら良いか一緒に考えながら常にサポートしてくれた。

まずは、マジックジョンソンを募集していた旅行会社へ問い合わせコーチと連絡が取りたい旨を伝えた。

すると、コーチが入学可能な高校を探してくれているということがわかった。

コーチと直接連絡の取り合いが始まった。私立高校を紹介してもらい学校とのやり取りも開始。

入学の条件や必要書類、編入開始可能時期がいつかなど、いろいろなやり取りをFAXと手紙で進めていった。そうこの時代はまだ、ポケベルが主流でピッチに少しずつ移行し始めている時代。今では当たり前であるネット検索やEメールなどはなかった。

高校でバスケをしながら卒業するためには2年間在籍する必要があるとのこと。よって11年生(高校2年生)からの編入になるとのことだった。

バスケができるなら高校時代が長くなる事は何の問題もなかった。アメリカの新学期は9月から始まる。とにかく早くアメリカに行けるように手続きを進めた。

留学するためには学生ビザが必要だ。

兄が高校時代に1年間、交換留学をしていたお陰で留学についての知識が多少あった。

まずはアメリカ大使館へ電話。必要な情報をもらうまでに録音された音声に向かって何度もかけ直した。結局、必要な書類はFAXでの受け取り。この作業も何度も繰り返した。

出来るだけ新学期に間に合うようにと、準備は進めたものの、ビザ取得で思った以上に時間を要した。

日本の高校を残り半年で卒業出来るのに、なぜ今から高校留学する必要があるのか、と。

結局自分たちだけで準備した申請ではビザ取得ならず… 

そこで母が弁護士さんを探してくれて代理申請を依頼。

高校3年1月末

1年間限定のビザを発行してもらうことが出来た。

そして

高校卒業1ヶ月前の2月初旬

日本から私はアメリカへ飛び立った。

つづく…

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