【ケーキ屋のケイの話】

「切実なチョコレートケーキ」が人気のケーキ屋はいつもギリギリで経営している、今日も赤字かも、店員のケイは
ショーウインドの中のケーキを数え出す
もうすぐ閉店時間の5時になる。
「本日のパティシエ気まぐれケーキ」は緑色、だからといって抹茶味とは限らない。表面がクリスマスの飾りのようにピカピカと輝いている。
少し頭のネジが外れたパティシエのことだ、もしかしたらアスパラガス味やピーマン味のケーキかもしれない。
「本日の気まぐれケーキは何味なの?」
と今日は3回も客に聞かれた。
「すみません、バティシエしか味を知らないんです、私も味見していないし…」
「あらやだ、店員がそんなんでいいと思ってるの?もしバッタ味だったらアンタ責任取れるわけ?」
と客に叱られて、不貞腐れたケイは
レジの下で彼氏にメールを送る「バイト、まじだるい、早く会いたい。ケイ」
だけど彼氏からはバイトが終わっても
返信がなかった。返信のない携帯ほど
意味のない物はない、バイトは6時であがり、掃除を終えたら6時半を過ぎる
わざとゆっくりタイムカードを切る
毎日、この瞬間の為に生きているみたい
少し汗ばんだ帽子を脱ぐ、疲れた
そして売れ残りのケーキを箱に詰め始める
売れ残りのケーキはケイが持ち帰って
家族に食べさせる仕組みになっている
でも店のケーキは「切実なチョコレートケーキ」以外は至って普通なので、持ち帰っても、今ではあまり家族に喜ばれない、結局一個も手をつけられないまま、翌朝、ゴミ箱に捨てることが多い。それでもケーキを箱に詰めながら、ケイは考える、足の悪くなった母のこと、返信をくれない彼氏のこと、長い間、会話していない妹のこと。顔も知らない父のこと。グルグル考え出すとキリがない。
スマホをゴミ箱に捨てたいときがある
あたし、ウツなのかな、、、
ショートケーキが涙色に滲んでいくのを
馬鹿みたいだと自分で思う
セツジツなんてあたしには関係ない話
ウツじゃない、ただの寝不足
早く帰りたい、残ったケーキが多すぎ、先に帰ってしまうパティシエの背中にお疲れ様でした、と動かない唇と舌。眠い、だるい、最近読書してないなあ。
村上春樹の新作が、つまらなくて
それから一冊も読んでない
なんなの、あたし、生きてるだけじゃあ
満足できないわけ?
舌ピでも開けようかな、それかおへそに
誰もいなくなったケーキ屋は宇宙より静かだ
最後に詰めた本日のパティシエ気まぐれケーキの緑色に、ケイは人指し指を突っ込む
そして舐めてみる、なんだかシュワシュワする、なんだろうこれ?

答えはパティシエにしか分からないのですが、このブログの読者にだけは特別にお教え致しましょう。


A.メロンソーダ味

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