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【エッセイ】ルート・トゥ・ルーツ

「故郷を大切に出来ない奴に
良い歌は作れない」と
北千住のお好み焼き屋の
おっさんに言われたことを
この間、ふと思い出した

話は2015年の大晦日まで戻る
僕は売れないバンドマンをやっていたが
そのバンドも解散してしまって
さて、これからどう生きようかと
悩んでいた時期だった
12月31日の夜、友達の佐々木と一緒に、
北千住のライブハウスknockへ
先輩がやっている「羅生門」という
バンドのライブを見に行った

年末だからお客さんの入りは少なく
特に面白くもない夜だった
爆音のロックンロールに
気分も白けていくばかり
先輩の出番が終わると
楽屋に行き挨拶を済ませて
ライブハウスを抜け出した

「くそつまんねー!」と
佐々木が白い息を吐き捨てて
ガードレールを蹴り上げた

12月の澄んだ空気が
濁った意識を冷やしてゆく
時計を見ると10時過ぎ
お腹も空いたし、適当にメシ食って
帰ろうと商店街をぶらついた
ラーメンか、お好み焼きかで迷って
結局、路地で見つけた「じゅげむ」という
お好み焼き屋さんに入った

変な置物とか置いていないし
小綺麗な店で席も広かった
でもすっかり閑古鳥が鳴いていた
豚玉とミックス玉と焼きそばを注文して
ビールで誰の為でもない乾杯する
店内に流れるツェッペリンのライブ盤に
耳をすましたり、鉄板の熱さを調節しながら
お好み焼きでお腹を満たした

小便をしにトイレに行くと
座敷席でアコースティックギターを
抱えてポロポロ鳴らしている
30代前半くらいの男性がいた
奥田民生の「さすらい」を小さな声で
歌っていた、なんだこの人?流しか?
一瞬、頭の中がこんがらがったが
お酒で気が大きくなっていた為
咄嗟に声をかけてしまった

「ミュージシャンの方ですか?」
「いえ、この店の店員です」
さらに訳の分からない返答がきて
「私以外もこの店の店員はみんな音楽をやっているんです」
と言い訳っぽく追加された
僕も音楽活動をしていることを告げると
席に戻って、佐々木にこの店には
ミュージシャンしかいないらしいぜと教えた
「そっか、俺もここで働こうかな」
と肩をすくめていた。彼もギタリストだった。

それから追加のレモンサワーと
めんたいもんじゃを届けてくれた
山羊のような髭を生やした
47歳くらいの、店長さんかな?
という見た目のおっさんに
「君たちも音楽やっているのかい?」
なんて聞かれて、はい、ロックやってます
と照れ笑いなどしながら答えた
すると奥からスタッフが全員でてきて
音楽談義に花が咲いてしまう
暇な店だなって思った

どうやら店長らしき人は
若い頃、九州から上京してきて
ずーっと音楽活動を続けているらしく
みんなに尊敬されている様子だ
そんなことをしている内に
12時を過ぎ、閉店準備が始まり
悪いから帰ろうとしたが
「君らはまだおっても大丈夫よ」
と言われて、何かが始まる予感がした

その予感はやはり当たって、
閉店後、店長がアコースティックギターを
一本持って登場してきて
「じゃあ歌うわ、聞いてくれ」なんて
おもむろにギターをポロリ
しわがれた声で、入院している恋人を
天使に例えた悲しい歌を歌い出した
甘辛いお好みソースの世界から
ガラっと空気が変わった気がして
僕はちょっとだけ感動してしまった
終わるとその場の全員が拍手した

そこで解散ならばよかったのだが
なんと店長は僕にギターを渡してきて
一曲歌ってくれと言ってきた
僕はバンドではピンボーカルだったから
実はギターがほとんど弾けなかった
でもここで断るのはミュージシャンとして
情けないだろうという雰囲気だ
佐々木にギターを弾いてもらおうかと
思ったけど「自分でやれ」と
強めのアイコンタクトを送ってきたので
仕方なく「青空」という
ジョンレノンの命日に書いた曲を
めちゃくちゃ緊張しながら弾き語りした

弦を抑える手は震えて
背中に冷たい汗が流れた
なんでお好み焼き屋で歌っているんだ?
という冷静な思考もよぎったが
声を張り上げると血が沸騰していった
終わると皆が笑顔で拍手してくれた
それなりに酔っていたし
音楽ってやっぱりいいなと思った
この夜の出来事がきっかけで
「笠原メイ」という名義での
弾き語りのソロ活動が始まったのだから
人生は何が起こるか分からない

店長は僕の曲を気に入ってくれたみたいで
おすすめのCDを三枚貸してくれて
「故郷を大切に出来ない奴に
良い歌は歌えない、群馬を誇れ」と言われた
九州から上京するミュージシャンの多くは
「東京もんをぶっ潰す」くらいの勢いで
出てくるらしい、九州を背負ってるんだって
田舎が嫌で東京に飛び出してきた僕は
素直に頷くことができなかった

だけど今考えると店長さんの言葉は
すごく正しかったと思う
どんなに隠してもルーツは滲みでる
過ごしてきた環境や、見てきた景色や
喋り方や、物の捉え方を
卑下したり、疑うのは間違ってる
自分がどこから生まれ出た存在なのかを
明確に提示ことは大切だ
帰りに髭の店長が、実は店長じゃなくて
ただのバイトだということを知り
思わず笑ってしまった
すごく偉そうだったから店長だと思った
メルアドを交換してサヨナラした

なんにせよ「じゅげむ」は
僕らにとっては素晴らしい店だった
この店の常連になろうと
帰りの電車で佐々木と盛り上がった
しかし2週間後、借りたCDを返しに
北千住駅で降りて「じゅげむ」に行くと
「閉店しました」との張り紙が一枚
風で揺れていた・・・・・
うっそん!と驚いてしまった

でも、あの頼りなき音楽家集団では
お店を続けるのは難しいだろうなと思った
店長らしき人にメールを送ると
「CDは君への選別にやる、ライブすることが
あったらまた連絡してくれ」みたいな
返信がきた。その後一切連絡はとっていない
僕にとって、あの夜の出来事は
青春の残滓のようなものだ

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