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ありがとう、ウォータースライダー。

私は、ウォータースライダーで前の人を抜き去ったことがある。その時の話をしたい。

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小学校の頃、私は暗い子どもだった。

みんなが体育館でドッチボールをしている昼休み。私は大体、教室でひとり、ラジオを流しながら窓の外を眺めていた。
暗いというか、早めの中二病だったのかもしれない。

そんな私に、人格形成上のターニングポイントが訪れた。

ある夏の日。

当時小学校5年生の私は、近所の市民プールへ出かけた。そこには、ウネウネと細長いウォータースライダーがあった。
浮輪で滑るような大型のタイプではなく、1人ずつ生身で滑るタイプの、青いチューブのアレ。

全身をまっすぐ横に寝かせ、勢い良くチューブの中を滑り抜ける。いくつかのカーブと直線を繰り返し、ゴールのプールに飛び込む。
日ごろのモヤモヤすら流されるようで、私はそれが好きだった。1日に何度も遊んだ。

その日、4度目の滑走のとき。

スライダーの入り口で順番を待つ。私の前に、小学3年ぐらいの男の子が滑っていった。5秒しっかり数えて、私はスライダーに「ドロップキック!」と言いながら飛び込んだ。知り合いが周りにいないとネクラはイキイキする。

滑り出してすぐ、私は全身をまっすぐに寝かせ、初速をかせいだ。ぐんぐんとスピードが出る。肌に擦れる水と空気が気持ちいい。あとはこの快楽に身を任せるだけ。

しかし。

何度目かのカーブを過ぎた時、先に滑っていた小3男子の背中が見えた。彼はL字に体を起こして座るスタイルで、ゆっくり滑っていた。

私との距離、およそ3メートル。このままではぶつかる。あぶない。

私も背を起こして、減速しなくては…

…無理だった。
当時の私は体ガリガリの腹筋ヨワヨワ、まして水がツルツルなスライダーの中である。体は起こせず、弱ったエビのようにちょっとビチビチしただけだった。ドッチボールで鍛えておけばよかった。

まもなく、小5が小3にドロップキック。背後から。
危なさよりも、なんか「ヒキョウモノ」っぽくて嫌だな…と思った。緊張で、さらに体がピンと伸びる。そのせいでますます私の体は加速する。泣きそう。

小3との距離はどんどん近づく。私たちがスライダーの最終コーナーに差し掛かった時、衝突まであと30センチ。

私は、全てを諦めていた。不思議と安らかな気持ちだった。

このあと、大人に怒られるんだろうな。
その前に、前の子にちゃんと謝らなきゃな。
プールに友達が来てないといいな。

そんなことを考えながら、重力と水の流れに身を委ねた。さらに加速した気がした。

その直後。

私はチューブ内の 天井 を走っていた。

私の体は、諦念による加速×カーブの遠心力でチューブ内をグルっとスパイラルしながら滑り抜けた。ガリガリで体重が軽かったのが功を奏した。

それと同時に、前の子を追い抜いた。景色がスローモーションで見えた。あの瞬間の映像は、今でもはっきりと覚えている。

追い越す瞬間、興奮で私の顔は笑っていた。
小3は私を見上げ、虚無の顔をしていた。

(…今、あの子のことを思えば、突然ガリガリで半裸の二個上が笑いながら頭上に現れたのだ。相当なホラーだったと思う。ごめん。)

その後私はスライダー終わりのプールに着水。数秒後、後ろから小3が着水する音が聴こえた。

よせばいいのに、私は振り返った。
小3と目が合った。
2人は、苦笑いを交わした。

あれは単なる偶然だった。

しかし、当時の私はそれを成功体験としてとらえた。

ウォータースライダーで前を追い越せる(しかもスパイラルで!)貴重な人間。自分をそう評価した。
中身はどうあれ、自分をオンリーワンと勘違いできたことは大きい。

それ以来、私は少しだけ明るい性格になった。
今日に至るまで、ヤバイ!と思った時も「流れに任せりゃなんとかなるだろ」と謎の自信で乗り切れている。

ありがとう、ウォータースライダー。

余談だが、その後「自分にしかできないこと探し」にハマっている時期があった。その際に身についた「人中(鼻の下のくぼみ)を凹から凸にする」という謎スキルがある。
私以外でスライダーで前を越した人も、人中を凸にできる人も、未だ出会ったことがない。

もしこのnoteを読んで上記の経験/スキルをお持ちの方、ぜひ、名乗り出ないでください。

私のアイデンティティは、このしょうもない2つに支えられているので。

おしまい

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