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続 コカ・コーラ

主人は「コカ・コーラ」を連発(連筆?)した。
右手でひたすら「コカ・コーラ」の文字をなぞった。動かない手首をかくかくとぎこちなく曲げては「飲みたい」と叫んでいた。
なのに、左手でしゃべることはない。叫ぶ素振りをまったくみせない。

主人が好きな飲み物はアルコールを除けば、コカ・コーラだった。
病院に運び込まれてからこのかた、口からは一切水分を摂っていないのだから、喉が乾いているのだろう。それは分かる。

そして、コカ・コーラ以外に関心が向かうことは、決して、ない。

本当のことを聞くのが怖かった。

「こんな時に『コカ・コーラが飲みたい』なんて言うんですよ。子供じゃあるまいし。先生からもなにか言ってやってください!」

回診にいらした先生に茶化して伝える。

「『コカ・コーラ』って単語が出たんだ?!それはよかったです!」

先生の、少しだけ驚いて、でも少しうれしそうな表情と声が、わたしの不安を少し打ち消す。(先生の表情や言葉の、本当の意味はまだ分かっていなかったけれど…。)

「左手が全然動かないんですけど…。」

「右の脳にダメージを負っていますから、左に影響が出ているのでしょう。脳が一時的に動かすことを”忘れてしまっている”だけなのかどうか…現時点ではなんとも言えません。仮に”忘れてしまっている”として、これからもう一度思い出して、左を動かせるようになるかどうかも、まだ分かりません。今は命の危険がなくなったばかりのところですから。」

そうか、じゃあ、左は動かないのかもしれない。
利き手じゃなくてよかった。

そう思うしかない。

本人は気づいているのだろうか。
そのことを心配できているのだろうか。


最後まで読んでくださってありがとうございます💗 まだまだ書き始めたばかりの初心者ですが、これからの歩みを見守っていただけるとはげみになります。