一時帰宅
主人は、今日のうちに意識が戻ることはもうない。
鎮静剤であえて”意識が戻る”のを抑えている、らしい。
執刀してくださったドクターからの詳しい容態の説明は明日になるという話だったので、ひとまず娘を連れて家に帰る。
今朝、家を出たばかりなのに、もう何日も帰っていなかったような感覚。
でも、朝の騒然とした空気はそこかしこに残っていて、急にまた泣きたくなる。部屋の中は、蛍光灯の光で白白としているのに暗かった。
ランドセルや入学グッズが目に入って、この前一緒に買いに行っておいて本当によかったと安堵する。
それからすぐに、入学式はどうなるのかなと、ふと現実を思った。
入学式には出られるのだろうか?あと2週間しかないのに?そんなに簡単に?
娘は病院でもらった色鉛筆をうれしそうに眺めている。テレビを見て笑っている。ごはんもちゃんと食べて、元気。そして、なにより明るい。
私が泣くことを我慢することができるのは、この子のおかげ。
この時は、まだ状況が全然分かっていないんだなって思ったけれど、今振り返ると、彼女なりにお母さんを励ましてくれていたのかもしれないと思う。
娘を寝かしつけて、一人になってから、まずは吐瀉物で汚れていたトイレを掃除する。
主人の部屋のドアをそっと開ける。床にも、妙にピンク色をしたそれが、あたり一面に広がっていて、ベッドの下や家具の下にも入り込んでいてひどい有様、それから、ひどい匂い。
どうして気づかなかったのだろう。
窓を全開にして、床や家具を何度も何度も拭いた。何度も何度も何度も拭いた。全然きれいにならない。元に戻るんだろうか。
ベッドから床に落ちてしまって、痛くて、吐いちゃって、苦しかったのかな、わたしが助けにくるのを待っていたのかなと想像する。
どうしてやさしい気持ちを持てなかったんだとわたしがわたしにまた腹を立てて、頭の中で何度も何度も同じ言葉を繰り返して、それが止むことはない。
窓の外は真っ暗だった。
長い長い一日が終わろうとしていた。