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鳴き声

その日、突然、主人はICUからHCUに移っていた。

HCUってICUとなにが違うんだろ?
そんなことを思いながら、急ぎ足でHCUに向かう。入口のプレートを見て、それが「High Care Unit」なんだと初めて知った。
そこは小さく区切られた病室がたくさんあるゾーンで、廊下のかどにある案内図を見ながら、主人の病室を探す。

ほの暗い廊下を進むにつれてなにか声が聞こえてくる。どんどん大きくなってくる。

鳴き声だった。泣き声ではない。
叫びにも似た鳴き声。あるいは、奇声。

「うぉーーっ!うぅぉおーーー!!」 

無理やり例えるなら、オオカミの遠吠え。

え?まさか、うちじゃないよね?
どこかの病室で、誰かが、とんでもない音量でテレビでも見ているのだろうか。でも、そんなに鳴き声ばかり流す番組なんてないよね?

え?なにこれ?やっぱりうちなんじゃじゃないの?

病室からちょうど出てきた看護師さんに、挨拶もそこそこに尋ねる。
心臓がばくばくしていた。

「これって主人ですか?」

看護師さんは忙しそうにガウンを脱ぎながら、ちょっと困ったような顔をした。でも、軽く頷いたように見えた。

「これっていわゆる『せん妄』ってやつですよね?」

脱いだガウンをいそいそと片付け、次の患者さんが待っているので…とでも言うように、カルテが載ったワゴンをくるりと方向転換させながら、それには答えずに、小さく首を横に傾けた。

「どうなんでしょうか、ね…、分かりません。いや、えーっと、とっても言いにくいんですが、『せん妄』ではないんじゃないでしょうか。本当になんと言っていいのか…お気の毒です。」

そう言っているように見えた。

とんでもない宣告を、わたしは勝手に受け取ってしまった。

主人の部屋の前で、泣いた。
でも、主人は気づいていない。誰も気づいていない。

この日わたしは主人と会わずに、そのまま家に帰った。
初めて主人に会わずに帰った。





最後まで読んでくださってありがとうございます💗 まだまだ書き始めたばかりの初心者ですが、これからの歩みを見守っていただけるとはげみになります。