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ロシアによるウクライナ侵略に関する中国のロシア専門家の見解           (英エコノミスト誌)

すでに1週間近く前になるのですが、北京大学の教授が、英エコノミスト誌に論考を掲載し、大きな話題となっています。
そのタイトルは
「中国のロシア専門家は考える:『ロシアはウクライナで確実に負ける』」(2024年4月11日付)。

執筆者は北京大学(その前は復旦大学)の馮玉軍(Feng Yujun)教授。1970年生まれ(私よりも1歳上です…)
あとで述べますが、同教授は以前からこうした主張をなさっていたとのことです。

非常に論理明快なので、ぜひオリジナルの記事を読んでいただきたいのですが、ペイウォールで読めない方のためにざっくりした内容を書いておくと、同教授は「4つの要因」がこの戦争の流れに影響をあたえると述べています。

①ウクライナ人の抵抗と団結の度合い。←現在に至るまで驚異的なレベル。

②ウクライナへの国際的な支援。←現状ではウクライナの期待に必ずしも添っているとは言えないものの、依然として広範な支持が存在。

③工業力やインテリジェンスシステムの組み合わせを競う近代の戦争(modern warfare)の性質。←この戦争でロシアが苦戦しているのは、ソ連解体以降の劇的な脱工業化からいまだに回復できていないから。

④情報。←プーチン大統領は長期政権の結果、インフォメーションコクーンにとらわれている。ロシアは正確なインテリジェンスへのアクセスが出来ておらず、誤りを正すための効率的なメカニズムを欠く。ウクライナはより柔軟で効率的。

馮教授は、この4つの要素の組み合わせにより、「ロシアが将来的に敗北することは避けられない」と結論づけています。
その敗北のありかたとは、

(a) ロシアは「クリミアを含めた」すべてのウクライナ占領地区からの撤退を余儀なくされる。

(b) ロシアは核大国だが、それはロシアの成功を保障するものではない。

(c) たしかにウクライナにとっては極めてコストのかかる戦争ではあるが、同国の団結と抵抗の強靱さは、ロシアが軍事的に打ち負かすことの出来ない存在であるという神話を打ち砕いた。ウクライナは復興し、戦争が終わればEUとNATOに加盟する可能性に期待することが出来る(注:原文は"it can look forward to the possibility of joining the European Union and NATO"と、必ずしも「加盟する」とは言い切っていないことは留意しておきたい。この点については後述)

(d) この戦争はロシアにとっての転換点となる。プーチン体制は国際的に孤立する。ワグネルの反乱のような動乱、ロシア各地における民族間の緊張、最近のモスクワでのテロ攻撃のような、国内政治の不安定化にも見舞われる。ロシオ政治リスクは増加。プーチン大統領は再選されるかも知れないが、様々な予測不可能な出来事に直面する。

(e) 他のソ連の共和国も、ロシアの帝国主義的野心に独立、主権、領土的一体性を脅かされることになると、ますます強く確信しつつある。これら諸国はロシアの勝利は「問題外(=ありえない)」と気づき、様々なかたちでロシアと距離を置くようになる。結果、ロシアが支持してきたユーラシアの統合の見通しは覚束なくなりつつある。

(f) ヨーロッパはロシアの脅威についに目覚め、冷戦後のEU・ロシアのデタントの時代は終わった。多くのヨーロッパ諸国が、プーチンのロシアに対する幻想を捨てた。

(g) この戦争は、かつてフランスのマクロン大統領が「脳死」と形容した状態から、NATOを脱却させた。多くのNATO諸国は軍事支出を増加させ、東欧の護りは強化され、フィンランドとスウェーデンはNATOに加盟した。プーチン大統領は戦争を用いてNATO拡大を阻止しようとしたが、それは出来なかった。

(h) 国連安全保障理事会の再編も行われるだろう。これまでは一部の常任理事国の拒否権の「濫用」(注:原文でもしっかり'abuse'と書かれている)により、世界平和と地域の安全を維持する責任を果たすことが出来ていなかった。このことは国際社会の怒りを呼び起こしており、とりわけ国連安保理改革が加速するチャンスを増加させるだろう。ドイツ、日本、インドその他の国が常任理事国に加わり、現在の五大国の拒否権は失われる可能性がある。国連安保理の改革が行われず、安保理が麻痺したままであれば、世界はより危険な場所となる。

・・・そしてここから先は、馮教授による「中ロ関係」をめぐる考察が展開されます。
個人的には一番興味を覚えた箇所であり、まさにこの論考のキモだと思うのですが、今回の論考を紹介したXポストの多くがここの箇所を省略していました。

(i) 中国の対ロシア関係は固定的なものではないし、過去2年の出来事から影響を受けている。先日ロシアのラブロフ外相が訪中した際、彼と王毅外相は両国関係の緊密さを強調したのだが、これは自国が孤立しているわけではないことを強調したいロシア側の外交努力の発露。一部の専門家は、中国の対ロシア姿勢は、2022年初頭の、戦争前の時期の「上限のない(友情)」から変化して、「非同盟、非対決的で、第三諸国をターゲットとしない」という伝統的な原則に回帰しているとみている。

(j)  中国は西側の対ロシア制裁に参加しているわけでもないが、それに体系的に違反しているわけでもない。たしかに中国は、2023年中は年間1億トンのロシアの石油を輸入したが、それとて戦争前の輸入量と大して変わったわけではない。もし中国がロシアからの輸入をやめ、他国からの輸入に振り替えていたら、石油の国際価格は大幅に上昇して間違いなく世界経済に多大な圧力をかけていただろう。

(k) 戦争が始まってから、中国は2ラウンドにわたる外交調停を試みた。それが成功したか否かは確かに微妙だったが、中国がこの残酷な戦争を交渉の力によって終わらせたいという強い願いを、なんぴとたりとも疑うべきではない。 この願いは、ロシアと中国が大きく異なる国であることを示している。ロシアは既存の国際・地域秩序を戦争によって覆そうとする一方、中国は紛争を平和的に解決することを望んでいる。

(l) ロシアがウクライナの軍事拠点、死活的に重要なインフラや都市を攻撃し続け、さらにエスカレートする意思を持っている可能性がある以上、朝鮮戦争型の停戦の可能性は低いだろう。ロシアの政治制度とイデオロギーに根本的な変化が起こらない以上、この争いは凍結される(=いわゆる「凍結紛争」となる)だろう。これではロシアが休息をとった後に新たな戦争を起こすのを許し、世界を一層危険な場所にさせるだけだ。

(上記の丸数字および行頭アルファベットは、東野が便宜上つけたものです。また私は通常は「ロシアによるウクライナ『侵略』」という呼称を用いていますが、今回は馮教授の記事の記述に従って「戦争」とします。)

こうした見方に対して、慶應義塾大学教授の細谷雄一さんは、「私もおおよそ同意」と書いておられます。

実は細谷さんと私は大学院の同級生だったりするのですが(関係ないか・・・)、それはさておいても、細谷さんと私のこの侵略に対する見方は大方において非常に近いものがあります。

しかし私自身は、今回のこの馮教授の記事は、ロシアによる侵略行為を厳しく批判し、ロシアのウクライナからの撤退を強く求め、ウクライナの主権と領土的一体性の尊重を訴え続けてきた私からしても、かなり「振り切れている」ような印象を受けました。また、私自身の見解とは少しずつ異なる部分がある、というのが正直なところです・

馮教授が「ロシアの敗北」を明確に打ち出した今回の論考は、(中国に関する描写を除いては)米国やヨーロッパの専門家が書いていてもおかしくないというほどの印象を与えますし、論考の一部においては、米欧でさえ最近ではあまり見られない強烈な楽観論さえ覗えるのです。

たとえば、ロシアの敗北の様態について語った(a)では、ロシアはクリミアを含む占領地域の全てから撤退せざるを得なくなるだろう、との見通しを示しています。

私自身は、ウクライナの主権と領土的一体性は断固として守られる「べき」であり、現在の悲惨極まりない状況を終わらせるためには、ロシアがウクライナ国土から撤退する「べき」である、と一貫して論じてきましたし、これからもそのように主張していくつもりです。

しかし実際の戦況、とりわけ現在のウクライナの苦境を見ると、たとえばドネツク・ルハンシク両共和国やクリミアからロシアが撤退せざるを得なくなるほどに、ウクライナにとって戦況が好転することは(望ましいですが)非常に難しいことも事実だと考えています。
むしろ、ウクライナによる領土の完全奪回(1991年の独立時点での状態の回復)難しいとみている「からこそ」、侵略を受けた側のウクライナが「少しでも多くの」国土を取り返せるように、国際社会が支援を続けなければならないというのが私の立場です。

これに対して馮教授は、上記①~④の4つの要因によって、ロシアの完全撤退の可能性が自明の帰結であるかのように語っています。そうであれば本当に良いのですが、馮教授の挙げた4つの要因すべてに同意する私としても、それによって(a)がもたらされる、と確信を持って言い切れません(しつこいようですが、(a)の状況がもたらされることを私は心から願っています)。

なお、馮教授の(a)のように、ロシアが占領地域の全てから完全撤退して終わる、というシナリオを描いているのは、現在では米欧の専門家でもなかなか見かけません。
それはなんといっても、2022年秋にロシアがウクライナ東部・南部4州のロシア編入を勝手に決定してしまったことが大きいのです。これら4州からロシアが本当に撤退し、この地域がロシアであることを「やっぱりなかったこと」にする場合、ロシアにおいても法改正が必要です。
それはもちろん望ましい展開ですが、果たしてロシアにそれを期待出来るのでしょうか。

ただし、上記(l)では、このままではこの侵略戦争が結局は凍結紛争化され、それはロシアが新たな戦争を起こすことにも繋がる可能性を示唆していますので、馮教授の議論は完全なる楽観論とは言い切れないところに注意が必要であることも付記しておきます。

このことはまた、上記(c)の帰結とも深く関連してきます。
馮教授は上記(a)、つまりロシアによる完全撤退がありうると思うからこそ、上記(c)の、とりわけウクライナのNATO加盟に関しても、その可能性を示唆しています。たしかに、(a)が完全に達成されるならば、(c)の可能性が飛躍的に高まることに、私も異存はありません。

しかし逆に、(a)が完全達成されないのなら、とたんに(c)の実現が困難となります。ウクライナ国内でNATO加盟可能地域と、そうでない地域を線引きするのは至難の業です。ロシアは、ウクライナが決してNATO加盟出来ないように、戦闘を長引かせる可能性があることは長らく指摘されてきたことです。いざ線引きが行われるとなったら、ロシアはNATO非加盟地域を少しでも拡大しようと、さらなる攻撃に出る可能性もあります。

その他様々な疑問点がありますし、最後の「中国の立ち位置」に関する記述である(i)、(j)、(k)に関しては、いろいろと仰りたいこと(ツッコミ)がある方もおいででしょうが、私は今この時期に、

・ ロシアは敗北する、そして
・ 中国とロシアは違う

という二つの主張を、中国の著名な国際政治学者が、しかも英エコノミスト誌上で打ち出したという複合的なメッセージについて、思いを巡らせています。

X(旧Twitter)では、すでに何名もの方が、馮教授はこうした主張をかねてから行ってきたことを紹介して下さっています。
たとえば、私がロシアと中国の情報、両方においていつも参考にさせていただいている「地下銀行」さんは・・・。

また、中国事情に詳しい毎日新聞の米村耕一記者も・・・

地下銀行さんも米村さんも、今回の同教授の論考は、かねてからの一貫した主張であり、中国でも西側向けのメディアでもその主張は変わらない、というものです。とても説得力があります。

一方で、馮教授の

・ロシアはどうせ負けますよ、もう取り返しはつきませんよ
・中国は別に悪いことはしていませんよ
・中国とロシアが同一視されるのは困りますし、中ロ関係は一蓮托生でもなんでもないですよ

という主張は本当に興味深く、様々な解釈の余地があると思っています。・また、ここまで明確にロシアの敗北を語る馮教授を、中国当局がどのようにとらえているのかも気になります。

仮に中国当局が、ウクライナのみならずロシアも相当の苦境にあることを敏感に感じ取り、今回のような「ロシア敗北論」を馮教授のような著名な学者に語らせることにより、徐々にロシアから手を引いていく道筋を作ろうともしているのであれば、非常に興味深いことだと考えていますが、少なくとも現段階では中国が輸出入によってロシアの継戦能力を支えているのも事実なわけです。

とにかく中国の立ち位置については、中国専門家の知見をお借りしながら、慎重に見極めていかねばならないと考えています。今回の馮教授の論考はその意味で、大変に興味深いものでした。


【追記】
Xで、黒色中国さんによる詳細な解説が付いていました!
黒色中国さんによれば・・・

・中国が用いる「平和的」という用語の「特殊性」

・中国にとって、一帯一路(とくに陸路ルート)は依然として重要であり、ロシアによるウクライナ侵略の煽りを食らってこの大事なルートを手放すつもりなどない。最近でも中国と欧州を結ぶ貨物列車「中欧班列」を用いて中国の自動車が欧州に「ロシアを経由して」輸出されている。

・馮教授の議論は、中国がこの2年間、さまざまな方法で訴えてきた外交姿勢と同一路線。これを「政治」と切り離した「学者」の論考として、英国の著名な経済誌に掲載したことが成果。

・中国の狙いは結局のところ、①欧州における経済的な影響力の増大(EVがその好例)、②「脱中国」の阻止、③米中対決や台湾有事における欧州の立場の分断。これこそが中国の考える「平和的」のありかた。これは「ロシアを利することにもなるだろう」。

欧州における中国の(一見すると「経済的」な)影響力増大は、実際には安全保障上のインプリケーションを有しうる、そしてそれはロシアを利する可能性もある、という議論は、日本でももう少し自覚的になされてよいのだろうと思います。
その観点からも、今回の黒色中国さんの解説は大変ありがたいものでした。

黒色中国さんの解説も読み合わせると、今回紹介したエコノミスト誌の記事がより多面的に理解できると思いますし、皆様にもぜひ読んでいただきたいので、以下ご紹介のため貼り付けておきます。


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