生ビール

新しい仕事を教えてもらったので、本日は、少し、疲れてしまった。新しいことを覚えると、脳がしんどくなる。なんとなく、このまま、ひとりの家に帰るのが物悲しく思ったので、職場最寄りの立ち飲み屋に入って、一杯、ひっかけて帰ることにした。店に入ると、週末だからか、安価な店だからか、かなり賑わっている。ざっと見渡すと、カウンターに狭いスペースが空いていたので、そこに、体をねじ込んだ。店員さんに「すみません、生ビールを」と注文する。「はいよ」と声が返ってきたと同時に、目の前に、三十センチほどの魚が置かれた。魚は生きており、びたんびたんと、カウンターに、頭と尾ひれを打ちつけている。
「これは、なんでしょうか」
まさか、これが私の生ビールではあるまいと不安になりながら、店員さんに聞いてみた。
「生ビールですよ」
悪い予感があたってしまった。隣の男は、私の注文したかった”生ビール”を、うまそうにキュッとやっている。うらやましいなあと思ったが、私の注文した生ビールは、この魚なのだから、仕方がない。食べ方もわからないので、割り箸を取り上げ、ひとまず、魚の脇腹に突き立ててみた。すると、魚はきっと私をにらみつけ、「やめてよ!痛いでしょうが!」と怒鳴った。そして、尾びれを跳ね上げ、びたんと床に落ち、その場で跳ねまわり続けた。周りにいる客たちが、床で跳ねている魚を見、なんだなんだとざわつき始める。私は、恥ずかしくなって、「すみません、お会計を」と店員を呼んだ。お会計は、私の注文したかった”生ビール”の、五倍ほどの金額だった。

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