ジャケット

とんでもなく寒いので、上着を買った。古着で二万円。首まわりと裏地に、ごついボアのついた、オーバーサイズのジャケット。あたたかくてよい。しかし、前に使用していた人の念がこもっているのか、ときどき話し出すので、どきっとする。

例えば、つい先ほどあった話。私は、職場最寄り、週に四回は立ち寄るスーパーをうろついていた。帰宅時間の夜九時には、売れ残った総菜が半値になる。元気があれば自炊もするが、最近はめっきり、安い総菜と安酒が晩飯だ。半値になった総菜たちをいくつか物色していると、ジャケットが口をきいた。「ポテトサラダがあるぜ。それにしな」
ふと左を見ると、なるほど、半値になったポテトサラダがずらりと並んでいる。たくさん売れ残ったなあと横目で見ながら、目前にあった焼きサバを手にした。残念ながら、ポテトサラダの気分ではない。ジャケットは、「ポテトサラダは、嫌なのか」と言って、おそらく、シュンとした様子で黙った。少しかわいそうな気もしたが、飯を食うのはこいつではない。

また、同スーパー内。総菜コーナーから離れて冷えた酒の棚に行き、発泡酒を手に取ったときにも、ジャケットは口をきいた。「酒は身体に毒だぜ。やめときな」
たしかになあ、と一瞬酒の購入をためらい、棚に戻そうかと考えたが、まあいいかとひょいひょい三本、同じものを手に取った。ジャケットは「やめとかないのか」と言って、おそらく、シュンとした様子で黙った。たかがジャケットといえど、心配を無碍にしたのはひどい。きちんと謝っておこうと、「すまんね」と呟いた。すれ違った女性が、ひとりで突然謝罪を口にする私を一瞥し、不可解な顔をした。ジャケットは、「いいよ、別に。お前の身体だから、好きにすれば。謝られる筋合いもない」と拗ねてしまった様子。私は、めんどくさいなあと思いながら、手に持った発泡酒の、三本のうち一本を、棚に戻した。

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